第43話 最後のお出掛け
翌朝。
地下室の扉が開いた。
コンコン。
「エリシアお嬢様」
侍女が静かに頭を下げる。
「今日は、お出掛けですよ」
その一言に、エリシアの表情がぱっと明るくなった。
「お出掛け?」
「ほんと?」
「はい」
「旦那様と奥様がお待ちです」
「やったぁ!」
エリシアは嬉しそうに飛び跳ねた。
急いで身支度を整え、小さな靴を履く。
地下室を出るのは久しぶりだった。
屋敷の玄関前には、一台の馬車が止まっている。
その前には、アルフレッドとエレオノーラが立っていた。
「お父さま!」
「お母さま!」
エリシアは満面の笑みで駆け寄る。
アルフレッドは静かに頷く。
エレオノーラは微笑もうとする。
しかし、笑顔は作れなかった。
「今日は、みんなでお出掛けだ」
アルフレッドが静かに告げる。
「うん!」
「久しぶり!」
「すっごく嬉しい!」
エリシアは何度も何度も笑った。
その笑顔を見るたびに。
エレオノーラの胸は締め付けられる。
三人は馬車へ乗り込んだ。
ゆっくりと馬車が走り出す。
窓の外には、見慣れた街並み。
青空。
風に揺れる草花。
エリシアは目を輝かせながら外を眺める。
「お父さま!」
「あのお花、きれい!」
アルフレッドは前を向いたまま、小さく頷くだけだった。
「お母さま!」
「鳥さんがいるよ!」
エレオノーラは返事をしようと口を開く。
しかし、声にならない。
涙が溢れそうになり、俯いてしまう。
それでもエリシアは気付かない。
「またお出掛けできて嬉しいな!」
「また来ようね!」
その無邪気な言葉が、馬車の中へ重く響く。
アルフレッドは窓の外を見つめたまま。
エレオノーラは俯いたまま。
二人とも、一言も言葉を返せなかった。
馬車は王国北部へ向かって進んでいく。
街並みが消え。
人影も少なくなっていく。
それでもエリシアは嬉しそうに笑っていた。
「どこへ行くの?」
「楽しみ!」
誰も答えない。
その沈黙の意味を。
五歳の少女だけが知らなかった。
エリシアは信じていた。
今日は久しぶりに、お父さまとお母さまと過ごせる特別な一日なのだと。
その旅が。
家族との最後の思い出になることなど、知る由もなかった。




