第40話 領民の不安
噂は、瞬く間に領内全域へ広がっていた。
市場では商人たちが囁き合う。
酒場では冒険者たちが顔を曇らせる。
井戸端では母親たちが子どもを抱き寄せ、不安そうに話していた。
「魔王の子がいるらしい」
「本当なの?」
「もし魔法が暴走したら……」
「子どもたちは大丈夫なのかしら」
噂は、いつしか恐怖へと姿を変えていた。
数日後。
ヴァレンシュタイン辺境伯邸。
応接室には、領民の代表や有力商人、自治会の代表者たちが集まっていた。
重苦しい空気の中、一人の老人が静かに口を開く。
「辺境伯様」
「一つ、お尋ねしたいことがございます」
アルフレッドは静かに頷いた。
「申してみよ」
「末のお嬢様に関する噂は、本当なのでしょうか」
部屋の空気が張り詰める。
アルフレッドは答えない。
その沈黙だけで、皆は察してしまった。
「やはり……」
別の男が続ける。
「全属性魔法をお持ちだと聞いております」
「魔王ニコラスも全属性魔法の使い手だったそうです」
「地下室へ閉じ込められているという話も耳にしました」
アルフレッドは静かに目を閉じる。
「その件については、私が責任を持って対処している」
短く答えた。
しかし、その言葉だけでは領民たちの不安は消えない。
「辺境伯様」
「私どもは、あなたを信頼しております」
「ですが……」
「私どもにも守るべき家族があります」
「子どもたちは怯えております」
「安心して暮らすことができません」
一人、また一人と声を上げる。
「どうか、領民をお守りください」
「辺境伯様のご決断をお願いいたします」
その言葉に悪意はなかった。
皆、自分たちの家族を守りたいだけだった。
話し合いは、それ以上進まなかった。
領民たちは深く一礼し、静かに応接室を後にする。
部屋にはアルフレッドだけが残された。
誰もいない応接室。
静寂だけが流れる。
アルフレッドは椅子へ腰掛けたまま、深く俯いた。
固く握り締めた拳が、小さく震えている。
「……ここまで、広がってしまったか」
小さく漏れたその声は、誰にも届くことなく静かな応接室へ消えていった。




