第37話 いらない子
地下室での暮らしが始まってから、一か月が過ぎようとしていた。
朝。
昼。
夜。
毎日、決まった時間になると扉が開く。
食事が運ばれてくる。
そして、また閉まる。
そんな毎日が続いていた。
コンコン。
「失礼いたします」
今日も侍女が食事を運んでくる。
重い扉が開いた、そのほんの僅かな時間だけ。
廊下の向こうから、家族の笑い声が聞こえてきた。
「あははは!」
アルフレッドの豪快な笑い声。
「あなた、本当にもう」
エレオノーラの優しい笑い声。
「父上、それは違いますよ」
ジークハルトが笑う。
「もう、お兄さまったら」
セレスティアも笑っている。
「えへへ!」
リリアーナの楽しそうな声。
その笑い声は、ほんの数秒。
侍女が食事を机へ置く。
静かに一礼する。
そして。
ギィ……。
ガチャン。
重い扉が閉まる。
笑い声は途切れた。
地下室には、いつもの静寂だけが残る。
エリシアは机の前へ座ったまま、じっと扉を見つめていた。
耳の奥には、さっきまで聞こえていた笑い声が残っている。
昔は。
あの笑い声の中に、自分もいた。
お父さまが笑ってくれた。
お母さまが抱きしめてくれた。
お兄ちゃんが肩車をしてくれた。
お姉ちゃんたちと一緒に庭を駆け回った。
あの頃は。
毎日が幸せだった。
エリシアは膝を抱え、小さく身体を丸める。
静かな地下室。
聞こえるのは、自分の呼吸だけ。
長い沈黙のあと。
ぽつりと、小さく呟いた。
「……そうか」
少しだけ笑う。
泣きそうな笑顔だった。
「私……」
「いらない子なんだ」
その言葉を口にした瞬間。
幼い心の中で、最後の小さな希望が静かに消えた。
もう。
お父さまも。
お母さまも。
お兄ちゃんも。
お姉ちゃんたちも。
自分を必要としていない。
だから地下室にいる。
だから誰も返事をしてくれない。
だから誰も会いに来てくれない。
全部、私が悪い子だから。
全部、この魔法のせいだから。
エリシアは小さく膝を抱き締める。
「ごめんなさい……」
その言葉だけが、静かな地下室へ小さく響いた。
幼い少女は、その日初めて受け入れてしまう。
この屋敷には、もう自分の居場所はないのだと。




