第35話 返事
地下室での生活が始まってから、数日が過ぎた。
毎日、決まった時間になると扉が開く。
朝。
コンコン。
重い扉がゆっくりと開き、侍女が朝食を運んでくる。
エリシアは嬉しそうに立ち上がった。
「おはようございます」
侍女は何も言わない。
静かに食事を机へ置くだけだった。
エリシアは少しだけ首を傾げる。
それでも、すぐに笑顔になった。
「きっと聞こえなかったんだよね」
そう呟き、小さく笑う。
昼。
再び扉が開く。
「ありがとうございます」
食事を受け取り、深々と頭を下げる。
しかし。
返事はない。
侍女は俯いたまま部屋を出ていく。
ガチャン。
重い扉が閉まり、静寂だけが残った。
夜。
最後の食事が運ばれてくる。
エリシアは今日も笑顔だった。
「今日もありがとうございました」
侍女の肩が、小さく震えた。
それでも返事はしない。
返事をしてはいけない。
それが、アルフレッドの命令だった。
――必要以上に言葉を交わすな。
――エリシアを甘やかすな。
使用人たちは、その命令に逆らうことができなかった。
誰もが胸を痛めながら。
誰もが涙を堪えながら。
返事をしない。
扉が閉まる。
ガチャン。
地下室には、再び静寂が訪れる。
エリシアはベッドへ腰掛け、小さく微笑んだ。
「おやすみなさい」
返事は返ってこない。
それでも。
「きっと聞こえなかったんだよね」
そう言って、自分へ言い聞かせた。
翌朝も。
「おはようございます」
昼も。
「ありがとうございます」
夜も。
「おやすみなさい」
毎日、同じ言葉を繰り返した。
返事は、一度も返ってこなかった。
それでもエリシアは笑顔を浮かべ続けた。
いつか。
また昔みたいに返事をしてくれる日が来ると、信じながら。




