第34話 聞こえる笑い声
地下室での暮らしが始まって、数日が過ぎた。
朝。
昼。
夜。
決まった時間になると、使用人が食事を運んでくる。
コンコン。
「失礼いたします」
重い扉がゆっくりと開く。
その、ほんの数秒だけ。
地下室の外の世界が、エリシアへ届いた。
「あははは!」
聞こえてきたのは、懐かしい笑い声だった。
「ジークハルト」
「最近、剣の腕を上げたな」
アルフレッドの誇らしげな声。
「ありがとうございます、父上」
ジークハルトが照れくさそうに笑う。
「あなたたちは、本当に私の自慢の子どもたちね」
エレオノーラの優しい声。
「お母さま!」
「次は私も見てください!」
セレスティアの明るい声。
「私も! 私も!」
リリアーナの無邪気な笑い声。
その声を聞いた瞬間。
エリシアの胸へ、温かな記憶が蘇る。
お父さまに肩車をしてもらった日。
お母さまに抱きしめてもらった日。
お兄ちゃんと木剣を振った日。
お姉ちゃんたちと庭を駆け回った日。
家族みんなで笑いながら食卓を囲んだ日。
あの頃は。
自分も、その輪の中にいた。
「お待たせいたしました、お嬢様」
侍女は食事を机へ置く。
その声も、どこか寂しそうだった。
エリシアは小さく微笑む。
「ありがとう」
侍女は何も言えない。
静かに一礼する。
そして。
扉が閉まる。
ギィ……。
ガチャン。
重い鍵が掛けられる音が、地下室へ響いた。
家族の笑い声は、そこで途切れる。
再び地下室は静寂に包まれた。
エリシアは机へ向かい、小さく手を合わせる。
「いただきます」
一人きりの食卓。
食器の触れ合う音だけが、小さな部屋へ響いていた。
食事を終えたエリシアは、ベッドへ腰掛ける。
膝を抱え、ぼんやりと扉を見つめた。
「みんな……」
小さく呟く。
「楽しそうだったな」
少しだけ笑う。
けれど。
その笑顔はすぐに消えた。
あの笑い声の中に、自分の声はなかった。
あの輪の中に、自分の居場所はなかった。
エリシアは胸へ手を当てる。
締め付けられるように苦しかった。
「……そうか」
小さく俯く。
「私は、もう……」
最後まで言葉にはできなかった。
静かな地下室。
聞こえるのは、自分の呼吸だけ。
それでも耳の奥では、家族の笑い声だけが、何度も何度も響き続けていた。




