第33話 地下室
ジークハルトが負傷した翌日。
ヴァレンシュタイン辺境伯家には、重苦しい空気が流れていた。
誰も笑わない。
誰も言葉を交わさない。
屋敷全体が静まり返っていた。
執務室では、アルフレッドとエレオノーラが向かい合っていた。
「あのままでは駄目だ」
アルフレッドが苦しげに口を開く。
「また魔法が暴走すれば、家族が傷付く」
エレオノーラは俯いたまま、小さく首を振る。
「あの子は……」
「あの子は悪くないわ……」
涙が頬を伝う。
アルフレッドもまた、静かに目を閉じた。
「分かっている」
「誰よりも分かっている」
それでも。
辺境伯として。
一人の父として。
決断しなければならなかった。
「魔法が暴走した時、家族を守らなければならない」
「そして……」
「あの子自身も守らなければならない」
長い沈黙が流れる。
やがてアルフレッドは、苦しそうに命じた。
「エリシアを地下室へ移す」
エレオノーラは目を見開く。
「地下室……?」
「あの子はまだ五歳なのよ!」
震える声だった。
アルフレッドは拳を強く握り締める。
「他に方法が思いつかない」
「どうか……許してくれ」
その声は、辺境伯ではなく、一人の父親のものだった。
その日の夕方。
侍女がエリシアの部屋を訪れる。
「エリシアお嬢様」
「お部屋を移ることになりました」
エリシアは不思議そうに首を傾げた。
「新しいお部屋?」
「はい」
侍女は笑顔を作る。
けれど、その笑顔はどこか寂しそうだった。
「わあ」
「どんなお部屋かな」
エリシアは嬉しそうに小さな荷物を抱え、侍女の後ろを歩く。
廊下を進み、一階の奥へ。
そこには地下へ続く短い石階段があった。
「こっちなの?」
「はい」
数段の階段を下りる。
ひんやりとした空気が頬を撫でた。
階段を下りた先には、一枚の重い木の扉がある。
ギィ……。
ゆっくりと扉が開く。
中には、小さなベッド。
机が一つ。
小さな窓が一つだけ。
質素ではあるが、静かな部屋だった。
「ここがお嬢様のお部屋になります」
エリシアは部屋を見回した。
「ここで暮らすの?」
「はい」
「どうして?」
侍女は答えられなかった。
俯いたまま、小さく頭を下げる。
エリシアは少し考えたあと、小さく笑った。
「分かった」
「私、いい子にするね」
「そしたら、お父さまたちも安心してくれるもんね」
その言葉に、侍女は思わず唇を噛み締めた。
涙が溢れそうになるのを必死に堪える。
エリシアは部屋へ入り、振り返った。
「ありがとう」
「おやすみなさい」
そう言って、ぺこりと頭を下げる。
侍女も深く頭を下げた。
「おやすみなさいませ、お嬢様」
扉がゆっくりと閉まる。
ギィ……。
ガチャン。
鍵の掛かる音が、小さな部屋へ静かに響いた。
エリシアはベッドへ腰掛ける。
「頑張ろう」
「もっと、いい子になろう」
「そしたらきっと……」
「また、みんなと一緒に暮らせるよね」
幼い少女は、まだ信じていた。
この地下室での暮らしが、一時だけのものだということを。




