第29話 家族のため
厨房での出来事は、その日のうちにアルフレッドの耳へ入った。
執務室。
料理長と侍女が、深く頭を下げている。
「申し訳ございません」
「私どもの監督不足でございます」
二人の声は震えていた。
アルフレッドは静かに目を閉じる。
しばらく沈黙が流れた後、小さく首を横へ振った。
「……いや」
「お前たちを責めるつもりはない」
二人は驚いたように顔を上げる。
アルフレッドは苦しそうな表情を浮かべながら続けた。
「あの子は悪くない」
「だが、このまま甘やかせば、エリシアのためにならない」
その言葉は、誰よりも自分自身へ言い聞かせるようだった。
「今後も特別扱いは不要だ」
「決まりは決まりとして守らせる」
「食事も例外は認めない」
「決して甘やかすな」
「……承知いたしました」
二人は苦しそうに頭を下げた。
命令には従うしかない。
それでも、その命令が幼い少女を苦しめることだけは理解していた。
その夜。
アルフレッドは家族を食堂へ集めた。
重苦しい空気が流れる。
ジークハルト。
セレスティア。
リリアーナ。
三人は静かに父を見つめていた。
アルフレッドはゆっくりと口を開く。
「今日、エリシアが厨房で食べ残しのパンを食べようとした」
三人は息を呑む。
「あの子は空腹だったのではありませんか……?」
セレスティアが小さく呟く。
アルフレッドは静かに首を横へ振った。
「違う」
「問題はそこではない」
「あの子は、自分を律することを覚えなければならない」
「今のままでは、いずれ自分の力を制御できず、多くの人を傷付けるかもしれない」
その言葉に、誰も反論できなかった。
魔王ニコラス。
四属性を操り、世界を恐怖へ陥れた存在。
その記憶は、アルディア王国では今なお語り継がれている。
ジークハルトは拳を強く握り締めた。
「父上」
「僕が、エリシアを正します」
妹が憎いわけではない。
むしろ誰よりも大切だった。
だからこそ。
間違った道へ進ませたくなかった。
「妹を正しい道へ戻す」
「それが兄である僕の役目です」
セレスティアも静かに頷く。
「私も……」
「厳しくすることが、エリシアのためになると思います」
リリアーナは不安そうに俯いた。
「でも……」
「エリシア、泣いちゃうよ……」
ジークハルトは妹の肩へ優しく手を置く。
「今だけだよ」
「きっと分かってくれる」
「僕たちは、エリシアを助けたいだけなんだから」
その言葉に、リリアーナも小さく頷いた。
誰一人として、エリシアを憎んではいない。
誰一人として、虐待しているつもりもなかった。
家族を守るため。
妹を守るため。
そして。
王国を守るため。
そう信じた家族の"正義"は。
少しずつ、幼いエリシアを追い詰めていくのだった。




