第28話 食べ残し
空腹に耐える日々が続いていた。
朝。
昼。
夜。
運ばれてくる食事は、以前よりずっと少ない。
それでもエリシアは、一度も「もっと食べたい」と口にしなかった。
我慢すればいい。
いい子にしていればいい。
そうすれば、また家族は笑ってくれる。
幼いエリシアは、そう信じ続けていた。
しかし。
五歳の小さな身体には、その空腹はあまりにも辛かった。
ある日の夕方。
エリシアは屋敷の廊下を歩いていた。
すると。
厨房の方から、焼きたてのパンの香ばしい香りが漂ってくる。
「……いい匂い」
思わず足が止まった。
お腹が、小さく鳴る。
「ぐぅ……」
エリシアは恥ずかしそうに、お腹を押さえた。
香りに誘われるように、そっと厨房を覗く。
料理人たちは夕食の後片付けに追われていた。
大きな鍋を洗う者。
食器を運ぶ者。
誰もエリシアには気付いていない。
その時だった。
一人の料理人が、籠に入ったパンを手に取る。
「これは食べ残しだ」
「処分しておいてくれ」
「承知しました」
そのパンは少し形が崩れているだけだった。
まだ柔らかく、十分食べられそうに見える。
エリシアは、そのパンから目を離せなかった。
「……もったいない」
料理人たちが奥へ入っていく。
厨房には誰もいなくなった。
エリシアは恐る恐る中へ入る。
捨てられるはずだったパンを、そっと両手で持ち上げた。
まだ温かかった。
お腹が、また鳴る。
「一口だけ……」
「一口だけなら……」
誰にも迷惑は掛からない。
捨てるパンなんだから。
そう自分へ言い聞かせ、小さくパンを口へ運ぶ。
その時だった。
「エリシアお嬢様!」
突然、背後から声が響く。
エリシアはびくりと肩を震わせた。
振り返ると、そこには侍女が立っていた。
侍女は、エリシアの手にあるパンを見つめ、言葉を失う。
「お嬢様……」
エリシアは慌ててパンを胸へ抱き寄せた。
「ご、ごめんなさい!」
「捨てるパンだったから……」
「もったいないと思って……」
その声は震えていた。
「お腹が空いて……」
「でも、一口だけだから……」
「本当に、ごめんなさい……」
そう言うと、何度も何度も頭を下げる。
辺境伯家の令嬢である少女が。
食べ残しのパンを手に謝り続けている。
その光景に、侍女は胸が締め付けられた。
本来なら。
この子は家族と食卓を囲み、温かな料理を笑顔で食べているはずだった。
それなのに今は。
捨てられるはずだったパンを、大切そうに抱えている。
侍女の目には涙が浮かんだ。
「お嬢様……」
その震える声だけが、静かな厨房へ響いていた。




