第25話 届かない笑顔
翌朝。
エリシアは鏡の前に立ち、小さく笑ってみせた。
「えへへ」
昨日より、少しだけ上手に笑えた気がした。
「笑ってれば大丈夫」
「いい子にしてたら、きっとみんな元に戻ってくれる」
自分にそう言い聞かせると、元気よく部屋を飛び出した。
最初に向かったのは、父の執務室だった。
こんこん、と扉を叩く。
「お父さま」
「入ってもいい?」
「ああ」
アルフレッドは書類から顔を上げ、優しく微笑んだ。
「どうした、エリシア」
エリシアは満面の笑みを浮かべる。
「お仕事、頑張ってね!」
アルフレッドは少しだけ目を細めた。
「ありがとう」
「お父さまも頑張るよ」
その言葉は嬉しかった。
でも。
以前のように抱き上げてくれることも。
頭を撫でてくれることもなかった。
「じゃあね!」
エリシアは笑顔で手を振り、部屋を後にした。
次に向かったのは庭園だった。
色とりどりの花が朝日に照らされ、美しく咲いている。
「きれい……」
その中から、一輪の白い花を摘み取る。
大事そうに胸へ抱え、母の部屋へ向かった。
「お母さま!」
「これ、あげる!」
エレオノーラは花を受け取り、小さく微笑んだ。
「ありがとう」
「とても綺麗なお花ね」
その笑顔は優しい。
でも、どこか悲しそうだった。
以前なら。
「ありがとう、エリシア」
そう言って抱きしめてくれた。
今は、花を受け取るだけだった。
「えへへ」
「また探してくるね」
エリシアは笑顔のまま部屋を出る。
昼過ぎ。
中庭ではジークハルトが剣の稽古をしていた。
「お兄ちゃん!」
「見ててもいい?」
「もちろんだ」
エリシアは嬉しそうに頷き、兄の剣を目を輝かせながら見つめる。
「お兄ちゃん、すごい!」
稽古が終わる。
以前なら、そのまま肩車をしてくれた。
頭を撫でてくれた。
一緒に遊んでくれた。
けれど。
「じゃあ、お兄ちゃんはもう行くな」
「うん!」
「またね!」
セレスティアも。
リリアーナも。
笑顔で手を振ってくれる。
でも。
誰もエリシアの隣へ来ようとはしなかった。
夕暮れ。
エリシアは一人、庭園のベンチへ座っていた。
今日も笑った。
いっぱい笑った。
お父さまにも。
お母さまにも。
お兄ちゃんにも。
お姉ちゃんたちにも。
笑顔を向けた。
でも。
誰も、昔みたいには笑ってくれなかった。
誰も、昔みたいに抱きしめてくれなかった。
誰も、昔みたいに頭を撫でてくれなかった。
エリシアは膝を抱え、小さく空を見上げる。
「……そうか」
ぽつりと呟く。
「私がいると」
「みんな困るんだ」
その言葉は、誰かに言われたわけではない。
幼いエリシアが、自分で辿り着いてしまった答えだった。
「もっといい子にならなきゃ」
「もっと笑わなきゃ」
「もっと頑張らなきゃ」
そうすれば、きっと。
また昔みたいな家族に戻れる。
幼い少女は、まだ信じていた。
その小さな思い込みは。
誰にも気付かれることなく、幼い心の奥深くへ静かに刻まれていくのだった。




