第23話 一人の食卓
あの日から。
エリシアが家族と食卓を囲む機会は、少しずつ減っていった。
最初は、本当に些細なことだった。
夕食の時間。
食堂へ向かおうとしたエリシアを、エレオノーラが優しく呼び止める。
「エリシア」
「今日は、お部屋で食べましょう」
エリシアは不思議そうに首を傾げた。
「みんなと一緒じゃないの?」
エレオノーラは一瞬だけ言葉に詰まる。
そして、娘を安心させるように微笑んだ。
「今日は、お父さまと大切なお話があるの」
「エリシアには少し難しいお話だから」
「今日はお部屋で食べましょうね」
「……うん」
エリシアは素直に頷いた。
きっと今日だけ。
明日はまた、みんなと一緒に食べられる。
そう信じていた。
しばらくすると、侍女が夕食を運んでくる。
温かなスープ。
焼きたてのパン。
大好きな料理が並んでいた。
けれど。
一人きりの食卓は、どこか寂しかった。
エリシアは小さく手を合わせる。
「いただきます」
返事をしてくれる人はいない。
笑い声も聞こえない。
食器の触れ合う音だけが、静かな部屋へ響いていた。
翌日。
エリシアは嬉しそうに食堂へ向かった。
今日はきっと、みんなと一緒。
そう思っていた。
しかし。
「エリシアお嬢様」
侍女が申し訳なさそうに頭を下げる。
「本日も、お部屋へお食事をお持ちいたします」
「え?」
「今日も?」
「旦那様がお忙しいので……」
「そっか」
エリシアは少しだけ寂しそうに笑った。
「じゃあ、お仕事が終わったら一緒に食べようね」
侍女は答えることができなかった。
ただ、深く頭を下げるだけだった。
それから数日。
そして数週間。
「今日は、お部屋で食べましょう」
その言葉が繰り返される。
最初は仕事。
次は来客。
その次は会議。
理由は毎回違っていた。
けれど。
やがて理由すら告げられなくなる。
一人で食事をすることが、いつしか当たり前になっていた。
ある日の夜。
エリシアは部屋を抜け出し、そっと食堂の前まで歩いてきた。
扉の隙間から暖かな灯りが漏れている。
楽しそうな笑い声も聞こえてきた。
お父さま。
お母さま。
お兄ちゃん。
お姉ちゃんたち。
聞き慣れた家族の声だった。
エリシアはそっと扉の隙間から中を覗く。
広い食卓には。
アルフレッド。
エレオノーラ。
ジークハルト。
セレスティア。
リリアーナ。
家族みんなが席についていた。
笑い合いながら食事をしている。
そこには。
エリシアの席だけがなかった。
エリシアは何も言わなかった。
静かに扉から離れ、誰にも気付かれないよう部屋へ戻っていく。
机の上には、一人分の夕食が並んでいた。
まだ温かい。
エリシアは椅子へ腰を下ろし、小さく手を合わせる。
「いただきます」
その声に応えてくれる人は、誰もいなかった。
窓の外からは、家族の笑い声だけが微かに聞こえてくる。
エリシアは俯き、小さく笑った。
「……みんな」
「忙しいんだよね」
そう自分へ言い聞かせる。
そう信じなければ。
胸が張り裂けそうだったから。
スープを一口飲む。
いつもと同じ味のはずなのに。
その日だけは、少しだけしょっぱく感じた。
広い食卓には、今日も家族が揃う。
その席に。
エリシアだけはいなかった。




