第22話 消えた笑顔
エリシアが五歳になってから、しばらくが過ぎた。
日に日に、その魔法は強くなっていく。
嬉しければ風が舞う。
驚けば炎が灯る。
悲しめば水滴が宙へ浮かぶ。
転びそうになれば、大地が小さく揺れる。
どれも本人の意思ではない。
幼いエリシアには、自分の力を制御することなどできなかった。
そして、その力は少しずつ家族の心を変えていく。
アルフレッドは以前にも増して仕事へ没頭するようになった。
朝早く執務室へ入り、夜遅くまで書類へ向かう。
エリシアと顔を合わせる時間は、日に日に短くなっていく。
「お父さま」
廊下で見掛けても。
「ああ」
短く返事をするだけで、そのまま歩き去ってしまう。
以前のように抱き上げてくれることも。
頭を撫でてくれることも、もうなかった。
エレオノーラも変わってしまった。
娘を見れば優しく微笑む。
けれど、その笑顔はどこか無理をしているようだった。
夜。
誰もいない部屋で、一人涙を流す姿を、使用人たちは何度も目にしていた。
「エリシアは悪くない……」
「あの子は悪くないのよ……」
そう何度も自分へ言い聞かせる。
それでも胸の奥に芽生えた恐怖は、消えてはくれなかった。
兄姉たちも同じだった。
ジークハルトは剣の稽古へ打ち込む時間が増えた。
セレスティアは読書ばかりするようになった。
リリアーナも、一人で遊ぶことが多くなっていく。
廊下ですれ違えば笑ってくれる。
話しかけてもくれる。
でも。
目を合わせる時間は、ほんの一瞬だった。
以前のような笑顔は、もうなかった。
ある日の午後。
エリシアは廊下へ飾られた一枚の家族写真の前で足を止める。
そこには。
アルフレッドが笑っていた。
エレオノーラが笑っていた。
ジークハルトも。
セレスティアも。
リリアーナも。
そして。
真ん中には、小さな自分が満面の笑みを浮かべていた。
エリシアは写真へそっと触れる。
「……この時は」
「みんな笑ってたのにな」
小さく呟く。
返事はない。
静かな廊下に、自分の声だけが消えていった。
屋敷は何も変わらない。
美しい庭園も。
広い廊下も。
温かな暖炉も。
何一つ変わってはいない。
変わってしまったのは、人の心だった。
以前は、どこへ行っても笑い声が響いていた屋敷。
今では静寂だけが流れている。
その静けさが、幼いエリシアには何よりも寂しかった。
それでも。
エリシアは今日も笑顔を浮かべる。
いつかまた。
みんなが前みたいに笑ってくれる日が来ると、信じながら。




