第21話 近寄れない
エリシアが五歳になってから、しばらくが過ぎた。
屋敷の人々は、誰もが以前と変わらぬように振る舞おうとしていた。
それでも。
少しずつ、少しずつ。
エリシアとの間には見えない距離が生まれていた。
朝。
侍女が部屋を訪れる。
「おはようございます、エリシアお嬢様」
「おはよう!」
エリシアは嬉しそうに笑う。
着替えを手伝う侍女も笑顔を返した。
しかし。
服を着せる手は、以前より少し遠い。
必要以上に近付かないよう、慎重に手を伸ばしていた。
髪を梳かす時も同じだった。
櫛を持つ手は優しい。
けれど、その身体はどこか逃げるように距離を保っている。
エリシアは鏡越しに、その姿を見つめた。
「……お姉さん」
「はい」
「私、何かした?」
侍女は一瞬だけ表情を曇らせた。
すぐに優しく微笑む。
「いいえ」
「何もございません」
その笑顔は、どこか悲しそうだった。
昼過ぎ。
廊下を歩いていると、向こうからジークハルト、セレスティア、リリアーナが歩いてくる。
「お兄ちゃん!」
「お姉ちゃん!」
エリシアは嬉しそうに駆け寄った。
三人も笑顔を見せる。
「エリシア」
「元気だった?」
「うん!」
あと一歩。
もう一歩近付けば、昔みたいに頭を撫でてもらえる。
そう思った。
けれど。
三人の足は止まった。
誰も、その一歩を踏み出せない。
セレスティアは、自分の手をそっと見つめる。
火傷はもう治っている。
跡も残っていない。
それでも、あの日の熱さだけは忘れられなかった。
ジークハルトは苦しそうに笑う。
「また……今度遊ぼうな」
「うん!」
エリシアは笑顔で頷いた。
三人が去っていく。
その背中を見送りながら、小さく呟く。
「最近、みんな忙しいんだね」
そう思うことにした。
そう思わないと、胸が苦しくなってしまうから。
夕方。
エリシアは一人、庭園で花へ水をあげていた。
以前なら、お母さまと一緒だった。
お姉ちゃんも隣で笑っていた。
今は、一人。
静かな庭園に、水の流れる音だけが響く。
花へ語り掛ける。
「今日はね」
「一人でお水をあげたの」
「みんな、忙しいもんね」
返事はない。
風だけが優しく花を揺らした。
誰もエリシアを嫌いになったわけではない。
誰も傷付けたいわけでもない。
それでも。
恐怖は、人と人との間へ少しずつ壁を作っていく。
幼いエリシアだけは、その理由を知らなかった。
だから今日も。
寂しさを胸の奥へしまい込み、精一杯笑顔を作るのだった。




