第18話 聞いてしまった言葉
その夜。
ヴァレンシュタイン辺境伯家は静まり返っていた。
エリシアは、なかなか眠ることができなかった。
最近、胸の奥がずっともやもやしている。
どうして、お父さまは頭を撫でてくれなくなったんだろう。
どうして、お母さまは抱きしめてくれなくなったんだろう。
どうして、お兄ちゃんたちは遊んでくれなくなったんだろう。
考えても分からない。
それでも眠れず、エリシアは喉を潤そうと部屋を出た。
静かな廊下を歩いていると、一つの部屋から声が聞こえてくる。
執務室だった。
お父さまと、お母さまが話している。
扉は僅かに開いていた。
悪いことだと思いながらも、エリシアは思わず足を止めてしまう。
「……あの子は」
アルフレッドの低い声が聞こえた。
「魔王の子かもしれない」
その一言に、エリシアは目を見開いた。
意味は分からない。
けれど、自分のことを話しているのだと直感した。
「そんなことありません!」
エレオノーラが悲鳴のような声を上げる。
「エリシアは私たちの娘です!」
「私がお腹を痛めて産んだ、大切な娘なんです!」
「魔王の子だなんて……そんなこと、あるはずありません!」
涙混じりの叫びが部屋へ響き渡る。
アルフレッドも苦しそうに目を伏せた。
「私も信じたくはない」
「エリシアは、誰よりも優しい子だ」
「誰よりも家族思いで、笑顔の似合う子だ」
「だが……」
昼間の出来事が脳裏をよぎる。
四属性。
漆黒へ染まった測定水晶。
そして、粉々に砕け散る音。
「魔王ニコラスも、四属性すべての魔法を操ったと伝えられている」
「それが、どうしても頭から離れない」
「違います!」
エレオノーラは何度も首を横へ振った。
「あの子は魔王なんかじゃありません!」
「あんなに優しい子なんです!」
「虫一匹踏めない子なんです!」
「世界を滅ぼすような子じゃありません!」
その声は、いつしか嗚咽へ変わっていた。
部屋の外。
エリシアは小さく震えていた。
魔王。
その言葉の意味は分からない。
難しい話も分からない。
でも。
お父さまとお母さまが、自分のことで苦しんでいる。
それだけは分かった。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
涙が込み上げてくる。
けれど。
泣いてはいけない気がした。
エリシアは静かに踵を返す。
誰にも気付かれないように。
一歩。
また一歩。
小さな足音を忍ばせながら、自分の部屋へ戻っていく。
ベッドへ潜り込み、毛布を頭まで被った。
小さな身体を丸める。
そして。
誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
「……お父さま」
「……お母さま」
その夜。
幼いエリシアは初めて知った。
理由は分からない。
けれど、自分は何か、とても恐ろしい存在だと思われているのだと。
その小さな胸に刻まれた傷は、静かに、そして深く残り続けることになる。




