第15話 優しかった手
教会で魔法適性検査を受けてから、数日が過ぎた。
屋敷は何も変わらない。
いつもの庭園。
いつもの食卓。
いつもの部屋。
それなのに。
エリシアは、どこか違和感を覚えていた。
朝。
いつものように母の部屋へ駆け寄る。
「お母さま!」
エレオノーラは振り返り、優しく微笑んだ。
「おはよう、エリシア」
その笑顔は、以前と変わらない。
けれど。
以前なら、笑顔と一緒に抱きしめてくれた腕は、もう伸びてこなかった。
エリシアは小さく首を傾げる。
「あれ……?」
胸の奥が、少しだけ寂しくなる。
昼過ぎ。
庭園で遊んでいたエリシアは、小さな石につまずいて転んでしまった。
「あっ」
ころん。
「いたぁ……」
膝を擦りむき、涙が滲む。
エレオノーラは慌てて駆け寄った。
「エリシア、大丈夫?」
優しい声。
心配そうな表情。
なのに。
あと一歩というところで、その足が止まる。
抱きしめようとした腕も、静かに下ろされた。
「立てますか?」
「……うん」
エリシアは自分で立ち上がる。
母は笑っていた。
けれど、その笑顔はどこか遠かった。
夕方。
アルフレッドが執務を終え、屋敷へ戻ってくる。
「お父さま!」
エリシアは嬉しそうに駆け寄った。
アルフレッドも自然と微笑む。
「今日も元気だったか?」
「うん!」
大きな手が、エリシアの頭へ伸びる。
あと少し。
あと少しで届く。
しかし。
その手は途中で止まった。
一瞬だけ迷うように震え。
ゆっくりと引き戻される。
「……お父さま?」
「いや」
「何でもない」
アルフレッドは笑おうとした。
けれど、その笑顔はどこかぎこちなかった。
夕食の時間。
家族全員が食卓を囲む。
以前なら、笑い声が絶えなかった食卓。
ジークハルトが今日の出来事を話し。
セレスティアが笑い。
リリアーナが無邪気にはしゃぐ。
そんな温かな時間だった。
しかし今日は違う。
アルフレッドも。
エレオノーラも。
どこか上の空だった。
兄姉たちも、その空気を感じ取っている。
「お父さま」
エリシアが話しかける。
「ああ」
返事は返ってくる。
でも、それだけだった。
会話は続かない。
食卓には、静かな沈黙だけが流れていた。
その夜。
エリシアは一人、窓辺へ腰掛けていた。
夜空には、無数の星が輝いている。
小さな膝を抱えながら、ぽつりと呟く。
「……私」
「何か悪いことしたのかな?」
思い返してみる。
お母さまのお手伝いもした。
お父さまとの約束も守った。
お兄ちゃんや、お姉ちゃんたちとも仲良く遊んだ。
それでも。
家族は少しずつ変わってしまった。
理由は分からない。
何が悪かったのかも分からない。
幼いエリシアには、答えを見つけることはできなかった。
ただ一つだけ。
以前は当たり前だった温もりが、少しずつ遠ざかっていることだけは、小さな胸でも感じ取っていた。




