第14話 魔王の記憶
教会から戻ったその夜。
エリシアが眠りについた後。
ヴァレンシュタイン辺境伯家の執務室には、重苦しい静寂が流れていた。
二人の脳裏には、昼間の光景が何度も浮かんでは消えていく。
火。
水。
風。
土。
四つの光が測定水晶の中で渦を巻き。
やがて一つに溶け合い、漆黒へと染まる。
そして――。
粉々に砕け散った測定水晶。
アルフレッドは静かに口を開いた。
「……信じられないな」
「まさか、四属性すべてに適性があるとは」
エレオノーラも小さく頷く。
「私も初めて見ました」
「あんなことが、本当に起こるなんて……」
再び沈黙が流れる。
やがてアルフレッドは、苦しげに息を吐いた。
「一つだけ……思い出したことがある」
エレオノーラも静かに顔を上げる。
「約百五十年前」
「世界を恐怖へ陥れた魔王ニコラスのことですね」
アルフレッドは頷いた。
「ああ」
「父上から聞いたことがある」
「魔王ニコラスは、火、水、風、土」
「四属性すべての魔法を自在に操った、と」
エレオノーラは息を呑んだ。
「そんな……」
「ただの偶然ではないのでしょうか」
「全属性の適性を持つ方が、他にもいても……」
言葉は最後まで続かなかった。
二人とも、昼間の光景が頭から離れない。
四色の光。
漆黒へ染まった測定水晶。
そして砕け散る音。
アルフレッドは拳を強く握り締める。
「エリシアは優しい子だ」
「誰よりも家族思いで、誰よりも笑顔の似合う子だ」
「そんなことは分かっている」
「分かっているんだ……」
エレオノーラの瞳には涙が滲んでいた。
「あの子が魔王だなんて……」
「そんなこと、あるはずありません」
「そう信じたい」
アルフレッドは静かに呟く。
「だが……」
その先の言葉は出てこなかった。
愛している。
だからこそ怖い。
もし、万が一。
その小さな疑念は、二人の心へ静かに根を張り始めていた。
この夜を境に。
ヴァレンシュタイン家の温かな日常は、少しずつ姿を変えていくことになる。




