第12話 花火
エリシアが四歳になった春の日。
ヴァレンシュタイン辺境伯家の庭園には、色とりどりの花が咲き誇っていた。
暖かな陽射しの下、エリシアは楽しそうに庭を駆け回っている。
「待て、待てー!」
誰に追い掛けられているわけでもない。
それでも笑顔いっぱいに走り回る姿を、庭園のテラスからアルフレッドとエレオノーラは穏やかな表情で見守っていた。
「元気いっぱいですね」
「ああ」
「あの笑顔を見ているだけで、疲れも吹き飛ぶ」
二人は自然と笑みを交わす。
その時だった。
転びそうになったエリシアが、とっさに両手を前へ突き出した。
ぱちっ。
小さな火花が弾ける。
まるで夜空を彩る花火のように、一瞬だけ赤い光が舞い上がった。
エリシアは目を丸くする。
「わあ……」
小さな火花は、すぐに消えた。
危険なほどの炎ではない。
本当に小さな、小さな火花だった。
しかし、それだけでは終わらなかった。
今度はエリシアの足元へ、小さな水滴がふわりと浮かび上がる。
「きれい……」
さらに柔らかな風が庭園を吹き抜け、花びらが舞い上がった。
「わぁー!」
その光景に目を輝かせた次の瞬間。
ことっ。
足元の地面が、ごく僅かに震え、小さな土の盛り上がりが現れる。
庭園は静まり返った。
エリシアだけが無邪気にはしゃいでいる。
「お父さま!」
「お母さま!」
「見て!」
「花火みたい!」
アルフレッドは笑顔を浮かべた。
「ははっ」
「これは驚いた」
エレオノーラも優しく拍手を送る。
「おめでとう、エリシア」
「初めての魔法ですね」
エリシアは飛び跳ねるように喜んだ。
「えへへ!」
「もう一回できるかな!」
小さな両手を何度も見つめる。
その姿は、ただただ愛らしかった。
しかし。
アルフレッドの笑顔が、ゆっくりと消えていく。
エレオノーラもまた、娘を見つめたまま言葉を失っていた。
「……今」
アルフレッドが小さく呟く。
「火だけでは……ありませんでしたね」
エレオノーラも静かに頷いた。
二人は互いの顔を見つめる。
火。
水。
風。
土。
ほんの一瞬とはいえ、四つすべての属性が顕現した。
魔法は、生まれ持った才能である。
アルディア王国では魔法適性を持つ者は決して多くなく、魔法使いそのものが稀な存在だった。
幼い子どもが物心つく頃、感情の高ぶりをきっかけに初めて魔法が顕現することがある。
火なら火花。
水なら水滴。
風なら風。
土なら大地の揺らぎ。
もちろん、何も起こらないまま成長し、後になって魔法へ目覚める者も少なくない。
だが、幼い頃から魔法が顕現した子どもは、高い魔法適性を持つ場合が多いとされていた。
そして――。
四属性すべてが同時に顕現したという記録は、王国の歴史を紐解いても、ほとんど存在しなかった。
無邪気にはしゃぐエリシアだけは、そんなことなど何も知らない。
ただ初めて起きた不思議な出来事を喜び、満面の笑みを浮かべていた。
この日を境に。
ヴァレンシュタイン辺境伯家の穏やかな日常は、少しずつ音を立てて変わり始めることになる。




