SS 第5話 私の妹を馬鹿にしないで!
「ちょっと待ちなさいよ!」
アステリアが鋭い声を上げた。
そして。
俯くエリシアを庇うように、一歩前へ出る。
「確かに、魔法式を作ったのはクロノス先生よ!」
「妖精眼鏡を設計したのもクロノス先生!」
「失明治療を考えたのもクロノス先生!」
若い黒竜が鼻で笑う。
「ほら、やっぱり――」
「まだ私が喋ってるでしょう!」
「……っ!」
アステリアの一喝に、若い黒竜は思わず口を閉ざした。
「いい?」
アステリアは腰へ手を当て、さらに言葉を続ける。
「エリーが妖精を見たいって願わなかったら、そもそも研究そのものが始まってないでしょうが!」
「何度失敗しても!」
「何度眼鏡を掛けても妖精が見えなくても!」
「エリーは一度だって諦めなかった!」
エリシアが顔を上げる。
「クロノス先生と一緒に考えて!」
「一緒に悩んで!」
「何度失敗しても、また立ち上がって!」
「最後まで一緒に研究を続けたの!」
アステリアの声が、城下町へ響き渡る。
周囲には、いつの間にか多くの人々が集まっていた。
誰もが黙って、アステリアの言葉に耳を傾けている。
「確かに、クロノス先生は偉大な研究者よ!」
「妖精眼鏡を完成させた功績も!」
「失明治療を生み出した功績も!」
「誰にも否定できない!」
「でもね!」
アステリアは、若い黒竜を真っ直ぐに睨みつけた。
「だからって、エリーの努力がなくなるわけじゃないでしょう!」
「……っ」
「何にも知らないあなたが!」
「私の妹の努力を馬鹿にしないで!」
若い黒竜は何も言えなくなった。
アステリアの言葉には、一つの迷いもなかった。
しかし。
それでも怒りは収まらないらしい。
「それにね!」
アステリアは、びしっとエリシアを指差した。
「この子は調子になんて乗ってないわよ!」
「……お姉様?」
「むしろ!」
アステリアは大きく息を吸い込む。
「もうちょっとくらい調子に乗ってほしいくらいよ!」
「えっ?」
エリシアが目を丸くする。
隣にいたノクスが、思わず吹き出した。
「ふっ……」
「お兄様! 何がおかしいのよ!」
「いや。君らしいと思ってね」
「何よ、それ!」
アステリアは頬を膨らませる。
その姿を見て。
エリシアも思わず、小さく笑ってしまった。
「ふふっ……」
「あっ! エリーまで笑った!」
「ご、ごめんなさい」
「ほら! またすぐ謝る!」
「あ……」
エリシアは慌てて口を押さえた。
アステリアは、そんな妹をじっと見つめる。
そして。
先ほどまでとは違う、優しい声で問い掛けた。
「エリー」
「はい……」
「あなたが傷つけられたのに、どうしてあなたが謝るの?」
エリシアは答えられなかった。
ずっと。
そうして生きてきたから。
誰かを怒らせたら謝る。
嫌われないように。
迷惑を掛けないように。
我儘を言わないように。
ちゃんと笑って。
いい子にして。
そして。
もう二度と。
捨てられないように。
「私……」
声が震える。
「分かりません……」
その答えを聞いたアステリアは。
何も言わず、エリシアを抱きしめた。
「お、お姉様……?」
「もう謝らなくていいの」
優しい声だった。
「あなたは何も悪くないんだから」
エリシアの瞳が揺れる。
「でも……」
「でもじゃないの」
アステリアは、ぎゅっと妹を抱きしめる。
「誰かに嫌なことを言われたら、嫌だって言っていいの」
「傷ついたら、傷ついたって言っていいの」
「怒ったっていい」
「泣いたっていい」
「だって、エリーには私たちがいるんだから」
「……!」
エリシアの瞳から、一粒の涙が零れた。
アステリアは身体を離すと、いつもの明るい笑顔に戻る。
「だから!」
「次からは、すぐにお姉様を呼びなさい!」
胸を張る。
「全部やっつけてあげるから!」
「それは少しやりすぎじゃないか?」
ノクスが苦笑する。
「お兄様は黙ってて!」
「はいはい」
エリシアは涙を拭う。
そして。
泣きながら、笑った。
「お姉様……」
「ありがとうございます」
「うん!」
アステリアは満面の笑みを浮かべる。
「どういたしまして!」
その日。
エリシアはまた一つ知った。
兄は。
身体を張って、自分を守ってくれた。
そして姉は。
自分が何も言えなくなった時、代わりに声を上げてくれた。
自分には。
守ってくれる兄がいる。
自分のために怒ってくれる姉がいる。
その温かさが。
エリシアには、何より嬉しかった。




