SS 第4話 全部クロノス先生のおかげだろ
幼竜を無事に母親へ送り届けた後。
エリシアたちは、再び城下町を歩き始めた。
「それにしても、お兄様」
アステリアは呆れたようにノクスを見る。
「本当に大丈夫なの?」
「ああ。この程度なら問題ないよ」
「もう……」
アステリアは深いため息を吐いた。
「帰ったら絶対に、お父様とお母様に怒られるんだから」
「それは困ったな」
「全然困ってる顔じゃない!」
二人のやり取りを見ながら、エリシアは小さく笑った。
先ほどまで胸の中にあった不安も、少しずつ消えていく。
お兄様が守ってくれた。
自分の身体を盾にして。
迷うことなく。
そのことが、エリシアには何より嬉しかった。
そんな時だった。
「随分と偉くなったもんだな」
突然。
どこか棘のある声が聞こえた。
エリシアが振り返る。
そこには、一人の若い竜人が立っていた。
黒い髪。
黄金色の瞳。
そして、その表情には明らかな苛立ちが浮かんでいる。
「……私ですか?」
「ああ。お前だよ」
若い黒竜は、エリシアを睨みつける。
「妖精眼鏡を作った天才?」
「国中から竜姫様と呼ばれて?」
鼻で笑う。
「笑わせるなよ」
エリシアは戸惑ったように目を瞬かせた。
「え……?」
「全部クロノス先生のおかげだろ!」
その声に。
周囲を歩いていた人々が、何事かと足を止める。
若い黒竜は構わず続けた。
「お前は妖精を見たいって言っただけじゃないか」
「魔法式を作ったのはクロノス先生だ」
「妖精眼鏡を設計したのもクロノス先生」
「失明治療を考えたのだって、クロノス先生だろ?」
一つ。
また一つ。
その言葉が、エリシアの胸へ突き刺さる。
何も言い返せなかった。
なぜなら。
半分は、本当だと思ってしまったから。
自分は、ただ妖精を見たいと願っただけ。
魔法式を作ったのはクロノス。
妖精眼鏡を設計したのもクロノス。
失明治療への応用を思いついたのもクロノス。
自分は何度も試作品を掛け。
クロノスと一緒に考え。
一緒に悩み。
何度失敗しても、研究を続けてきた。
それでも。
最後に答えを見つけたのは、自分ではない。
「それなのに」
若い黒竜は吐き捨てるように言った。
「国中から持ち上げられて」
「竜姫様、竜姫様って」
「お前、本当は何もしてないじゃないか」
エリシアの小さな肩が揺れる。
「人間のくせに、王家の養女になって」
「クロノス先生の功績まで自分のものにして」
「調子に乗るなよ」
エリシアは俯いた。
胸が痛かった。
けれど。
怒ることも。
言い返すこともできなかった。
もしかしたら。
本当にそうなのかもしれない。
みんなが自分を褒めてくれた。
竜姫と呼んでくれた。
国を挙げて表彰までしてくれた。
でも。
そのすべては、本当はクロノスの功績なのではないか。
自分は、ただ隣にいただけなのではないか。
そんな考えが、頭をよぎる。
「……ごめんなさい」
気付けば。
その言葉が口から零れていた。
昔から、そうだった。
誰かを怒らせたら。
謝る。
嫌われないように。
迷惑を掛けないように。
これ以上、怒らせないように。
自分が悪いのなら。
謝ればいい。
そうすれば、きっと――。
その瞬間。
隣にいたアステリアの眉が、ぴくりと跳ね上がった。
「……ちょっと待ちなさいよ」
低い声だった。
エリシアが顔を上げる。
アステリアは笑っていなかった。
そして。
一歩。
妹を守るように、若い黒竜の前へ出た。




