SS 第3話 兄が妹を守る理由
やがて。
辺りを覆っていた土煙が、少しずつ晴れていく。
エリシアは無傷だった。
ノクスの腕の中に、しっかりと守られていたから。
「……お兄様?」
恐る恐る顔を上げる。
その瞬間。
エリシアは息を呑んだ。
ノクスの服はところどころ破れ、その身体には魔力の爆発によって負った傷が刻まれていた。
「お兄様!」
エリシアの顔から血の気が引く。
けれど。
ノクスはいつものように穏やかに微笑んだ。
「大丈夫だ」
「でも、怪我が……!」
「それより、エリシア」
ノクスは妹の肩へ手を置き、心配そうに顔を覗き込む。
「君に怪我はないかい?」
「え……?」
「痛いところは?」
「どこかぶつけていないか?」
自分が傷ついているにもかかわらず。
ノクスが真っ先に心配したのは、妹だった。
「私は……大丈夫です」
「そうか」
その答えを聞いて、ノクスは安堵したように微笑む。
「よかった」
その一言に。
エリシアの瞳へ、じわりと涙が浮かんだ。
「どうして……」
震える声が零れる。
「どうして、私を庇ったんですか?」
ノクスは少しだけ不思議そうな顔をした。
まるで。
そんなことを尋ねられるとは、思ってもいなかったように。
そして。
当たり前のことを告げるように、優しく答えた。
「兄が妹を守るのに、理由が必要かい?」
「……!」
エリシアは何も言えなくなった。
かつて。
自分にも兄がいた。
幼い頃は可愛がってくれた。
頭を撫でてくれた。
一緒に遊んでくれた。
けれど最後には。
魔法を使う自分を恐れ。
家族が自分を黒曜山へ捨てることを、止めてはくれなかった。
だから。
エリシアは知らなかった。
兄とは。
こんなにも温かい存在なのだと。
「お兄様……」
エリシアは、そっとノクスの服を掴んだ。
ノクスは何も言わず。
ただ優しく、妹の頭を撫でた。
◇
「申し訳ございません!」
しばらくして。
幼竜の母親が、血相を変えて駆けつけた。
ようやく母親を見つけた幼竜は、泣きながらその胸へ飛び込む。
「おかあさまぁぁぁ!」
「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」
母親は我が子を抱きしめながら、何度も何度も頭を下げる。
「第一王子殿下にお怪我をさせるなんて……!」
「本当に、何とお詫びを申し上げれば……」
しかし。
ノクスは穏やかに首を横へ振った。
「気にしなくていい」
「ですが……!」
「幼い子どもの魔力暴発は珍しいことではない」
ノクスは母親の腕の中にいる幼竜へ視線を向ける。
先ほどまで泣き叫んでいた幼竜は、母親へしがみつきながら、不安そうにこちらを見つめていた。
「この子も、怖かっただけだ」
「誰も悪くないよ」
母親の瞳から涙が溢れる。
「……ありがとうございます」
エリシアも幼竜の前へしゃがみ込む。
そして。
小さな頭を優しく撫でた。
「お母さんが見つかって、よかったですね」
幼竜は少しだけエリシアを見つめる。
やがて。
泣き疲れた顔に、小さな笑顔を浮かべた。
その笑顔を見て。
エリシアも嬉しそうに微笑む。
そして、そっとノクスを見上げた。
自分を守るため。
迷うことなく身体を投げ出してくれた兄。
その姿を見つめながら。
エリシアは胸の奥に生まれた温かな想いを、そっと抱きしめるのだった。




