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捨てられた少女は、黒竜王の娘となる!?  作者: Atelier Lotus


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第108話 国民からの願い

 妖精眼鏡が完成してから、しばらく後。


 宮廷魔導研究所では、失明した患者たちへの治療が本格的に始まっていた。


 一人。


 また一人。


 長い間、光を失っていた者たちが、再び世界を見ることができるようになっていく。


「見える……!」


「本当に……見えるぞ!」


「妻の顔が見える!」


「孫が……こんなに大きくなっていたのか……」


 何百年もの間、閉ざされていた世界に光が戻る。


 愛する家族の顔を見て泣く者。


 青い空を見上げて声を震わせる者。


 道端に咲く小さな花を見つめ、ただ涙を流す者。


 かつて当たり前だった景色を取り戻した人々の歓喜は、瞬く間に黒竜国中へ広がっていった。


 そして。


 それと共に、国民の間から一つの声が完全に消えていた。


 ――人間の少女を王家へ迎れて、本当に大丈夫なのか。


 かつて確かに存在していた不安。


 もう、その言葉を口にする者は誰一人いなかった。


 代わりに聞こえてくるのは、喜びと感謝の声ばかりだった。


「黒竜王陛下は、やはり賢王であらせられる」


「あの時、エリシア様を王家へ迎えられた陛下のご判断は正しかった」


「エリシア様が黒竜国へ来てくださって、本当に良かった」


「我らの竜姫様だ!」


「竜姫様、万歳!」


 城下町でも。


 村でも。


 騎士団でも。


 国中の至るところで、歓喜の声が絶えなかった。


 そして、やがて。


 ある一つの声が上がり始める。


「これほどの功績だ」


「何か褒賞を贈るべきではないか?」


「そうだ!」


「我々は竜姫様へ、まだ何も感謝を伝えておらぬ!」


「国を挙げて表彰するべきだ!」


 最初は小さかったその声は、瞬く間に国中へ広がった。


 多くの国民が賛同し。


 騎士たちも。


 貴族たちも。


 研究者たちも。


 そして、実際に光を取り戻した者たちも。


 皆が同じ願いを口にした。


 ――エリシア様を表彰してほしい。


 その声は、ついに黒竜王ゼノンのもとへ届くこととなった。


     ◇


「ええっ!?」


 宮廷魔導研究所に、エリシアの驚いた声が響き渡った。


「わ、私が表彰されるんですか!?」


「そうじゃ」


 クロノスは何でもないことのように答えた。


 しかしエリシアは、慌てて首を横へ振る。


「だ、だめです!」


「どうしてじゃ?」


「だって!」


 エリシアは困ったように妖精眼鏡を指差した。


「これはクロノス様の発明です!」


「私は妖精さんが見たいって言っただけで……」


「魔法式を作ったのも!」


「眼鏡を完成させたのも!」


「失明した人を治す方法を考えたのも!」


「全部、クロノス様です!」


 クロノスは黙って少女を見つめる。


 そして。


「違うぞ」


 静かに告げた。


 エリシアは目を瞬かせる。


「え……?」


「確かに、魔法式を組んだのはわしじゃ」


「妖精眼鏡を設計したのも、失明治療への応用を思いついたのもわしじゃ」


「じゃがな」


 クロノスは、エリシアの前へしゃがみ込む。


「お前がおらねば、何一つ生まれておらん」


「……私が?」


「そうじゃ」


 クロノスは穏やかに笑った。


「お前が妖精を見たいと願った」


「だから研究が始まった」


「失敗しても諦めず、何度も眼鏡を掛けた」


「何度失敗しても、わしと一緒に考え続けた」


「お前の願いがなければ、妖精眼鏡は存在せん」


「妖精眼鏡がなければ、失明治療も生まれておらん」


 エリシアは何も言えなかった。


 クロノスは小さな頭へ、ぽんと手を置く。


「これは、わし一人の研究ではない」


「わしとお前」


「二人で始めた研究じゃ」


 エリシアの瞳が、僅かに潤む。


「でも……」


「私はまだ五歳で……」


「大勢の人の前に立つなんて……」


 クロノスは笑った。


「行ってこい」


 エリシアが顔を上げる。


「国民がお前を待っておる」


「皆、お前へ伝えたいことがあるのじゃろう」


「感謝も」


「喜びも」


「全部な」


 エリシアはしばらくクロノスを見つめていた。


 やがて。


 小さく、それでも力強く頷く。


「……はい!」


     ◇


 数日後。


 黒竜城・中央広場。


 広大な広場を埋め尽くすほどの人々が集まっていた。


 騎士。


 貴族。


 研究者。


 城下町の人々。


 そして。


 妖精眼鏡によって、再び光を取り戻した者たち。


 誰もが笑顔だった。


 誰もが、その時を待っていた。


 やがて。


 城の大扉がゆっくりと開く。


 小さな少女が姿を現した。


 黒い髪。


 まだ幼い顔立ち。


 若干五歳。


 かつて、人間であるというだけで不安の目を向けられた少女。


 けれど今は違う。


 その姿を見た瞬間。


 広場から、割れんばかりの歓声が上がった。


「竜姫様!」


「エリシア様!」


「ありがとう!」


「我らの竜姫様!」


 エリシアは驚いて立ち止まる。


「わ……」


 目の前には。


 数え切れないほどの笑顔があった。


 自分を歓迎する声。


 自分を称える声。


 自分へ感謝を伝える声。


 それらすべてが、大きな歓声となって広場を包み込んでいる。


 エリシアは胸へ小さな手を当てた。


 そして。


 少しだけ目を潤ませながら、ゆっくりと人々の前へ歩き出す。


 若干五歳。


 一人の人間の少女が。


 黒竜国すべての民が見守る中、国家から正式にその功績を称えられる日が訪れたのだった。

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