第107話 竜姫
クロノスの論文が発表されてから数日。
その内容は、瞬く間に黒竜国中へ広まった。
人間でも妖精を見ることができる魔導具――妖精眼鏡。
そして。
病によって視力を失った者へ、再び光を取り戻した失明治療。
その二つの発明は、黒竜国中へ大きな衝撃を与えた。
同時に。
一人の少女への見方も、大きく変わり始める。
かつて。
王家へ人間の子が養女として迎えられた時、人々の間には戸惑いがあった。
「人間の娘が王家へ入るとは……」
「黒竜王陛下は、何をお考えなのだ」
「人間との関係が悪化するのではないか」
「争いの火種にならねばよいが……」
そんな声が、国中で囁かれていた。
しかし。
今、その声はもう聞こえない。
人々が語るのは、一人の少女の努力だった。
「何度失敗しても諦めなかったそうだ」
「クロノス様と共に妖精眼鏡を完成させた」
「失明した方々へ光まで取り戻した」
「人間でありながら、竜影流まで学ぼうとしている」
「誰よりも竜族を理解しようとしてくれている子だ」
少女は、誰かに認められるために努力したわけではない。
家族を知りたい。
竜族を知りたい。
その純粋な想いだけで歩み続けてきた。
その姿は、いつしか人々の心を動かしていた。
◇
ある日の午後。
黒竜城の庭園。
エリシアは妖精たちと笑いながら遊んでいた。
花畑を駆け回る少女。
その周囲を、小さな妖精たちが楽しそうに飛び回る。
その光景を見つめていたのは、失明治療によって再び光を取り戻した老竜人だった。
老竜人は、優しく目を細める。
「この子は……」
静かな声に、近くにいた竜人たちが振り返る。
老竜人は誇らしげに微笑み、力強く言った。
「我らの姫だ」
一瞬の静寂。
そして。
「ああ……!」
「その通りだ!」
「我らの姫君だ!」
「この子がいてくれて、本当に良かった!」
「ありがとう、エリシア様!」
「ようこそ、黒竜国へ!」
歓喜の声が次々と上がる。
騎士たちが拳を掲げる。
城下町の人々は笑顔で手を振る。
老若男女を問わず、誰もが少女へ惜しみない拍手を送った。
その声は城中へ広がり。
やがて黒竜城全体を包み込む。
「竜姫様!」
「竜姫様!」
「竜姫様!」
いつしか歓声は一つになり、黒竜城へ響き渡った。
突然の出来事に、エリシアは目を丸くする。
「えっ……」
「わ、私……?」
困ったように辺りを見回す。
すると。
ゼノンが静かに娘の肩へ手を置いた。
「皆、お前へ感謝しておる」
「お前が歩んできた道を、皆が見ていてくれたのじゃ」
エリシアの瞳には、大粒の涙が浮かぶ。
自分は嫌われているかもしれない。
迷惑を掛けているかもしれない。
そう思い続けていた。
けれど違った。
皆、自分を見ていてくれた。
努力を知っていてくれた。
受け入れてくれていた。
涙を零しながら、小さく頭を下げる。
「ありがとう……ございます」
その姿に、人々の歓声はさらに大きくなる。
「竜姫様!」
「竜姫様!」
「竜姫様!」
その日。
一人の人間の少女は。
王家の養女だからではない。
誰よりも竜族を愛し、誰よりも竜族を理解しようと努力した、一人の少女として。
黒竜国すべての民から敬意と愛情を込めて――
『竜姫』。
そう呼ばれるようになったのだった。




