第101話 妖精眼鏡
妖精眼鏡の研究開始から数か月。
幾度もの失敗と改良を重ねた末、ついに最後の試作品が完成した。
宮廷魔導研究所。
机の上には、一対の眼鏡が静かに置かれている。
透明な魔水晶から削り出された二枚のレンズ。
視神経へ魔粒子の情報を伝達する魔法式。
幾度となく書き直された魔導理論。
それらすべてを結集した、世界でただ一つの魔導具だった。
クロノスは眼鏡を手に取り、静かに微笑む。
「これで最後じゃ」
「今のわしらにできることは、すべて注ぎ込んだ」
エリシアは緊張した面持ちで頷く。
「はい……」
ゆっくりと妖精眼鏡を掛ける。
クロノスは魔法式へ魔力を流した。
淡い光が魔水晶を優しく包み込む。
「起動」
その瞬間だった。
エリシアの世界が、一変する。
無数の光が視界いっぱいに広がった。
赤い妖精。
青い妖精。
緑の妖精。
茶色の妖精。
小さな身体で楽しそうに空を飛び回り、笑い合っている。
一人の妖精が、エリシアの肩へふわりと降り立った。
にこりと笑う。
エリシアも思わず笑顔になる。
「こんにちは」
妖精も嬉しそうに手を振り返した。
時間が過ぎても。
妖精たちの姿は消えない。
十秒。
三十秒。
一分。
二分。
視界は最後まで安定していた。
クロノスは静かに魔法式を確認する。
「魔力伝達、正常」
「視神経との同期も安定」
「異常なし……」
そして、小さく息を吐いた。
「成功じゃ」
その一言を聞いた瞬間。
エリシアの瞳に涙が浮かぶ。
「見えます……」
「ずっと……見えます……!」
初めて家族と同じ景色を見ることができた。
竜族が当たり前のように見ていた世界。
妖精たちが笑い、遊び、世界中を飛び回る、美しく優しい景色。
エリシアは妖精たちを見つめながら、嬉しそうに微笑んだ。
「皆……本当にいたんですね」
クロノスもその姿を見守りながら、満足そうに頷く。
「長かったのう」
「じゃが、その苦労も報われた」
机の上には、これまで作られた数え切れない試作品が並んでいる。
失敗。
失敗。
また失敗。
その一つひとつが、この瞬間へ繋がっていた。
クロノスは完成した眼鏡を見つめ、静かに告げる。
「世界初」
「人間が妖精を見るための魔導具」
「妖精眼鏡――完成じゃ」
この日。
人類魔導史に、新たな一ページが刻まれた。




