第9話 お父さま
三歳になったエリシアは、毎日のように父の仕事部屋へ遊びに行っていた。
コンコン。
小さな手で扉を叩く。
「お父さま」
「入ってもいい?」
執務机に向かっていたアルフレッドは、優しく微笑んだ。
「もちろんだ」
「こちらへおいで」
エリシアは嬉しそうに駆け寄る。
そして父の膝へ、ちょこんと腰掛けた。
「お仕事?」
「ああ」
「もう少しで終わる」
アルフレッドは娘の頭を優しく撫でる。
「お仕事が終わるまで待っていられるか?」
「うん!」
エリシアは大きく頷いた。
父の腕の中で机いっぱいに広げられた書類を眺めたり、窓の外を飛ぶ鳥を見たりしながら、大人しく待つ。
そんな娘の姿を見て、アルフレッドは自然と頬を緩めていた。
「よし」
「終わったぞ」
「ほんと?」
「ああ」
「今日は、お父さまと遊ぼう」
「やったー!」
二人は庭へ出る。
アルフレッドは一本の小さな木剣を取り出した。
子ども用に作られた、小さな木剣だった。
「エリシア」
「お前も、そろそろヴァレンシュタイン流剣術を学ばねばならんな」
エリシアは首を傾げる。
「けんじゅつ?」
「ああ」
「我がヴァレンシュタイン家の子どもは、皆ここから始める」
アルフレッドは木剣を手渡した。
エリシアは両手で受け取る。
「おもい……」
三歳の少女には少し重い。
ふらふら。
よろよろ。
剣先は今にも地面へ着きそうになる。
「うぅ……」
それでも諦めない。
小さな両手へ力を込める。
ゆっくりと木剣を持ち上げると、
「えいっ!」
ぶんっ。
小さな木剣が、力いっぱい振り下ろされた。
一生懸命なその姿を見た瞬間だった。
「見たか、エレオノーラ!」
アルフレッドが目を輝かせる。
「初めてとは思えん!」
「天才だぞ!」
エレオノーラは思わず吹き出した。
「ふふっ」
「親なら、みんなそう思うものですよ」
「いや!」
アルフレッドは胸を張る。
「この筋の良さ!」
「間違いなく私に似た!」
エレオノーラは優しく笑う。
「まあ」
「私は器用なところが、あなたより私に似たのだと思いますけど?」
「何を言う!」
「ヴァレンシュタイン家は安泰だ!」
二人のやり取りを聞きつけ、兄姉たちも庭へやって来た。
「エリシア!」
真っ先に駆け寄ったのはジークハルトだった。
「すごいじゃないか!」
「もう剣を振れるのか!」
エリシアは照れくさそうに笑う。
「えへへ」
ジークハルトはしゃがみ込み、妹の頭を優しく撫でた。
「兄ちゃんが剣術を教えてあげるからな!」
「ほんと?」
「ああ!」
「一緒に強くなろう!」
すると、セレスティアが頬を膨らませる。
「ずるいです、お兄様」
「私だって教えたいです」
リリアーナも元気よく手を挙げた。
「わたしも!」
「エリシアといっぱい遊びながら教える!」
三人は顔を見合わせる。
「僕が教える!」
「私です!」
「わたしー!」
誰が先生になるかで言い合う兄姉を見て、アルフレッドとエレオノーラは顔を見合わせた。
「はっはっは!」
「困ったものだ」
「先生が三人もいるぞ」
エレオノーラも優しく微笑む。
「エリシアは幸せ者ですね」
エリシアは家族みんなの顔を見渡した。
父が笑っている。
母が笑っている。
兄が笑っている。
姉たちも笑っている。
みんなが自分を見つめ、優しく笑っていた。
その笑顔が嬉しくて。
エリシアも満面の笑みを浮かべる。
青く澄み渡る空の下。
ヴァレンシュタイン辺境伯家には、この日も温かな笑い声が響き渡っていた。




