人を好きになるって……
「わかっていたのね」
「まぁな」
女性はベッドへ腰掛けた。
距離が近い。
甘い香りがする。
「あなた、素敵だから」
「そりゃどうも」
指が頬に触れそうになる。
バンはニヤリと笑う。
「悪いな」
女性の笑みが深くなる。
次の瞬間。
バンの手刀が首筋へ入った。
ドサッ。
女性が倒れる。
「俺は、血を吸われる趣味はないんでね」
バンは肩を竦めた。
その音でレイが目を覚ました。
女性の体が痙攣する。
長い犬歯が覗いた。
レイが息を呑む。
「その人……」
バンは剣を抜く。
「吸血鬼だ」
「吸血鬼?」
レイが女性を見る。
さっきまで優しそうに笑っていた女性だ。
信じられない。
「わかってたんですか」
「まぁな」
バンは鼻を鳴らした。
「こんな森の奥で女が一人暮らしだぞ」
レイは首を傾げる。
「それだけで?」
「それだけで十分だ」
バンは呆れたように言う。
「旅人が何人も行方不明になっててもおかしくねぇ」
「なるほど」
「なるほどじゃねぇよ」
バンは頭を抱えた。
「お前、本当に騙されやすいな」
「でも」
レイは首を傾げた。
「今回は収穫もありました」
「まぁ、そういうことにしとくか」
「はい」
バンは荷造りを始めた。
「そいつが目を覚ます前に、行くぞ」
「はい」
山小屋を出た後、レイが言う。
「……残念でしたね」
「何が?」
「せっかく、女性に会えたのに」
「そうだな。残念だ」
「……そんなに、女の人が好きですか?」
「好きだな」
即答だった。
レイが少し驚く。
「そうなんですね」
「そりゃそうだろ」
バンは笑う。
「男だからな」
「……」
レイは黙った。
なぜだろう。
少しだけ。
面白くなかった。
「お前は好きじゃねぇの?」
「私は……」
レイは少し考えた。
それから小さく首を振る。
「よくわかりません」
「なんだそれ」
「好きな人がいたことがないので」
バンは目を丸くした。
「マジか」
「……人を好きになるって、どんな気持ちですか?」
「ええ?そんなん……」
バンは頭を掻いた。
「気づいたときには、好きになってるからな」
「そうなんですか」
「そうだ」
レイは少し考える。
「では、好きになった瞬間は分からないんですか?」
「分かる奴もいるんじゃねぇか?」
バンは肩を竦めた。
「俺は分かんねぇ」
「不思議ですね」
「そうか?」
「はい」
バンは大きな木にもたれた。
「朝まで待つか」
「そうですね」
レイは荷物を下ろす。
中から簡易毛布を取り出した。
ぱさりと広げる。
それから半分をバンへ差し出した。
「どうぞ」
「ん?」
「使ってください」
バンは眉をひそめる。
「いい」
即答だった。
「お前が使え」
「ですが」
「俺は慣れてる」
旅人だ。
野宿なんて珍しくもない。
レイは少し迷った。
それから毛布を抱きしめる。
「ありがとうございます」
「礼言うことか?」
「はい」
レイは小さく笑った。
バンは視線を逸らした。
まただ。
こういう顔をされると調子が狂う。
「……寝ろ」
「はい」
レイは毛布に包まっていた。
規則正しい寝息。
穏やかな寝顔。
バンは何となく視線を向ける。
その時。
さっきの会話を思い出した。
『……人を好きになるって、どんな気持ちですか?』
『気づいたときには、好きになってるからな』
「……」
バンは眉をひそめる。
違う。
これは違う。
レイは男だ。
ただ放っておけないだけだ。
世間知らずで。
騙されやすくて。
目を離すとすぐ面倒事に首を突っ込む。
だから気になるだけ。
クリスタルが見つかれば、金貨だってもらえる。
そう。
それだけだ。
バンは首を振った。
考えるのをやめる。
目を閉じる。
だが。
なぜか眠れなかった。




