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女好きの旅人は、正体を隠した王女を放っておけない  作者: Wataru


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もう一度

 ほんの一瞬。


 男から視線を外した。


 男が口元を歪める。


「じゃあな」


 火のクリスタルを振りかざした。


 炎が、バンとレイナの間へ落ちる。


「レイナ!」


「姫様!」


 二人が同時に駆け出した。


 炎がレイナの足元へ迫る。


 だが、先に届いたのはバンだった。


 反射的にその体を抱き寄せ、炎へ背を向ける。


「バン……!」


「平気か?」


「私は平気。でも、あなたの腕が……」


 その間に、男は踵を返して走り出す。


「クロード!」


「はい!」


 クロードが即座に男を追った。


 男が振り向き、再び火のクリスタルを掲げる。


 地面から炎の壁が噴き上がった。


「くっ……!」


 クロードは剣に魔力を込め、一気に振り抜く。


 風圧が炎を裂いた。


 だが。


 その向こうで、男の背中はすでに遠ざかっている。


 クロードは炎の隙間を抜け、さらに追おうとした。


 次の瞬間。


 屋敷の一部が大きな音を立てて崩れ落ちた。


 逃げ遅れた使用人の悲鳴が上がる。


 クロードの足が止まる。


「助けて!」


 男の背中と、崩れた屋敷。


 一瞬だけ視線を走らせる。


 そして、迷わず踵を返した。


「こちらへ!」


 瓦礫の下敷きになりかけた使用人を引き寄せる。


 炎が弱まった頃には。


 男の姿は、もうどこにもなかった。


ーー


 火事で負傷した人々が、次々と運ばれてくる。


 レイナは地面に膝をつき、一人ずつ傷を診ていた。


「次の方を」


「こちらです!」


 淡い光が、火傷を負った使用人の腕を包む。


 赤く腫れていた皮膚が、ゆっくりと元へ戻っていった。


 バンは少し離れたところから、その様子を見ていた。


 今なら。


 誰もこちらを見ていない。


 そうっと踵を返す。


「バン!」


 肩が跳ねた。


 恐る恐る振り返る。


 レイナが、こちらをまっすぐ見ていた。


「……何だよ」


「こちらへ来てください」


「いや、俺はいいって」


「よくありません」


 レイナは立ち上がり、バンの前まで歩いてくる。


「腕を見せてください」


「いいって!」


 バンは腕を引こうとした。


「じっとしてください!」


 レイナは離さない。


 焼けた腕へ両手をかざす。


 淡い光が傷を包み、赤くただれていた皮膚が少しずつ元へ戻っていく。


「これくらい、放っときゃ治るって」


「私を庇ってできた傷もあります」


「そうだったかな?」


「……じっとしていてください」


「はいはい」


 レイナは真剣な顔で、傷だけを見つめていた。


 近い。


 少し視線を下げれば、その顔が見える。


 シャンプーか何かの甘い香りもする。


 バンはわざと横を向いた。


 今、レイナの顔を見たら。


 隠しているものまで、全部伝わってしまいそうだった。


 淡い光が揺れる。


 火傷は、半分ほど塞がっていた。


「……もういい」


 バンはレイナの手から腕を抜いた。


「でも、まだ治っていません」


「十分だろ。他の奴らを助けてやれ」


「あなたも怪我人です」


「俺は平気だって」


 バンはいつものように笑った。


「じゃあな」


 背を向ける。


「バン!」


 足が止まった。


 振り返らないまま、黙って続きを待つ。


「……もう一度」


 レイナの声が、わずかに震えた。


「もう一度、一緒に旅をしてくれませんか?」


「……護衛は足りてるだろ?」


「今回の相手は、簡単にはいきません。人手が必要です」


 バンは黙った。


(あいつ……貴族狙うっつってた。レイナも狙われるかもしれねぇ)


 小さく息を吐く。


「仕方ねぇな」


 振り返る。


「そこまで言うなら、もう少し付き合ってやるよ」


 レイナの顔がぱっと明るくなる。


「本当ですか?」


「その代わり」


 バンは指を一本立てた。


「「金貨一枚」」


 二人の声が重なった。


 バンが目を瞬く。


 レイナは、少し得意そうに笑った。


「前回の分も合わせて、三枚差し上げます」


「……話が早くて助かる」


「長く一緒に旅をしましたから」


「そりゃどうも」


 バンは肩をすくめた。


 本当は金貨なんて、どうでもよかった。


 けれど。


 本当の理由を口にしたところで、レイナを困らせるだけだ。


「じゃ、交渉成立な」


 いつものように笑う。


「はい」


 クロードから向けられる視線が、以前よりさらに鋭くなった気がした。


(なんだ? 寒気が……)


 まあ、気のせいだろう。


 バンはそういうことにした。

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