欲求不満なだけ
レイナと別れたあとも。
何度も、その顔が浮かんだ。
声。
近づいた時に感じた、ほのかな香り。
そして。
言葉を紡いでいた、柔らかな唇。
「あー、もう! 離れろって!」
バンは頭を振った。
振り払おうとするほど。
レイナの姿が、鮮明に浮かんでくる。
(欲求不満なだけだ)
しばらく女と寝ていないから。
レイナを妙に意識してしまっただけ。
(……そうに違いない)
気づけば。
辺りはすっかり暗くなっていた。
バンは慣れた路地へ入る。
店先には、客を誘う女たちが並んでいた。
「ねえ、お兄さん。寄ってかない?」
一人の女が、バンの腕へ触れる。
いつもなら。
好みの顔かどうかくらいは確かめていた。
けれど。
今は、そんなことすらどうでもよかった。
(……もう、どこだっていい)
「行く」
バンは女の顔もろくに見ないまま、その店へ入った。
「お兄さん、カッコイイ」
「私も。タイプ」
以前は言われて嬉しかった言葉が、全然嬉しくない。
薄暗い店内で。
酒を飲んだ。
何人もの女と言葉を交わした。
肩を寄せられて。
耳元で笑われて。
それでも。
頭に浮かぶのは。
金色の髪。
声。
柔らかな唇。
(……なんで)
バンは酒を一気に煽った。
喉が焼ける。
それでも、レイナの顔は消えなかった。
(……もう会えないのか)
一瞬浮かんだ思考に、苦笑する。
(当たり前だろ。王女なんだから)
自分に言い聞かせる。
(こうなったら)
もう一杯。
さらにもう一杯。
(思い出さなくなるまで、飲んでやる)
⸻
目を覚ますと。
見知らぬ天井があった。
「……どこだ、ここ」
身体を起こそうとした瞬間。
頭の奥に、鋭い痛みが走る。
「っ……」
隣を見る。
女が、裸の肩をのぞかせたまま眠っていた。
昨夜、店にいた娼婦の一人だった。
バンは眉をひそめる。
(……ヤったっけ?)
記憶を辿ろうとする。
店で酒を飲んでいた。
女と話していた。
そこまでは覚えている。
だが。
その先が、何もない。
ベッドから降りる。
床に散らばった服を拾い上げた。
立ち上がった途端。
視界がぐらりと揺れる。
(……飲みすぎた)
額を押さえる。
結局。
昨夜、何をしたのかさえ分からない。
それなのに。
ぼんやりと浮かんだのは。
やはり。
レイナの顔だった。
(全然、忘れてねぇじゃん……)
身支度を整えながら。
バンは深く肩を落とした。
宿を出る。
バンは重い頭を押さえながら、いつもの仕事へ向かった。
途中。
ミミィの店の前を通る。
(……クリスタル、どうなったんだ)
ミミィが客の顔を伝えただろう。
クロードもいる。
きっと無事に取り戻したはずだ。
(俺には、関係ない)
そう思うのに。
気づいたら、また考えてしまっていた。
(あれで最後のクリスタルだ)
(レイナも、もう国へ帰ったかもな……)
胸の奥が、少しだけ重くなる。
「バン兄!」
振り向くより早く。
ミミィが腕にしがみついてきた。
「おはよう!」
「……ああ」
二日酔いの頭に、ミミィの明るい声が響く。
「もうー! 何で昨夜戻って来なかったの?」
「いいだろ、別に」
「ナンパできた?」
「ああ」
「そうなんだ!」
ミミィは少し身を乗り出した。
「可愛い子いたんだ?」
「まあな」
「じゃあ……」
ミミィが少し言いにくそうに尋ねる。
「……エッチしたの?」
「知ってどーすんだよ、そんなの」
「したんだ」
「あ?」
「やらしー」
「ほっとけ」
「私がいるのに」
「お前とする訳ねーだろ」
「えーなんでよー」
ミミィは頬を膨らました。
けれど。
すぐにバンの顔を覗き込む。
「あの綺麗な女の人は、偉い人なの?」
バンの足が止まる。
レイナの前で跪く姿を見られていたらしい。
「昨日、話してたから……」
「……王女」
「ええ!?」
ミミィは目を丸くした。
「王女様!?」
「ああ」
バンは前を向いた。
「だから、お前も馴れ馴れしくすんなよ」
「わかった!」
素直に頷くミミィを横目に。
バンは小さく息を吐いた。
(……俺もな)




