後悔
バンと別れたあと。
レイナは、ミミィから男について話を聞いた。
火のクリスタルを持っている男は、いつも夜に来るらしい。
二人は夕食を取りながら、男が現れるのを待つことにした。
だが。
レイナの頭に浮かぶのは、火のクリスタルのことではなかった。
『レイナ様』
片膝をついたバンの姿。
『俺みたいな奴に言えないのは当たり前だろ』
よそよそしい声。
旅をしていた頃とは、まるで別人のようだった。
自分が王女として扱われたくなかったから。
バンに嘘をついた。
その結果。
バンとの間に、距離ができてしまった。
(私、自分のことしか考えていなかったわ……)
王女だと知られれば、今までと同じようには接してもらえなくなる。
それが怖かった。
けれど。
だからといって、黙っていていい理由にはならない。
こんなことなら。
女だと打ち明けたあの時に、すべて話すべきだった。
レイナは膝の上で、そっと手を握った。
「……レイナ様?」
「……何?」
クロードは小さく息を吐いた。
「まだ、あの者のことを考えているのですか?」
「私の配慮が足りなかったから……」
「もうよいではありませんか」
クロードは淡々と言う。
「ただの旅人でしょう」
「そんな……」
レイナは顔を上げた。
「バンは、ただの旅人ではありません」
クロードの眉がわずかに動く。
「王女だと知り、距離を置くべきだと判断したのでしょう」
食事を口にしながら淡々と言う。
「平民なら、当然の反応です」
「でも……」
「ここまで申し上げるつもりはありませんでしたが」
クロードはレイナをまっすぐ見た。
「レイナ様には、婚約者様がいらっしゃいます」
レイナの指先が止まる。
「お忘れになったわけではありませんよね?」
「……忘れてないわ」
小さな声だった。
忘れてはいない。
ただ。
バンと一緒にいる間だけは。
忘れていられた。
「婚約者様が、今のレイナ様のご様子をご覧になったら、何とおっしゃるか……」
「食事をするだけなのに?」
レイナは首を傾げた。
クロードは呆れたように息をつく。
「ご自分の知らないところで、どこの馬の骨とも分からない男と食事をなさるのですよ」
クロードは当然のことのように続けた。
「お怒りになるに決まっています」
「そういうもの?」
「はい」
即答だった。
レイナは少し考える。
「でも、バンはどこの馬の骨か分からない人ではないわ」
クロードの眉間に皺が寄る。
「私にとっては、命の恩人よ」
レイナはまっすぐに言った。
「そうでしょう?」
「それは……そうですが」
クロードは少し言葉に詰まる。
だが。
すぐに表情を引き締めた。
「レイナ様」
「いくら命の恩人とはいえ、身分が違いすぎます」
「身分が違うと、食事もしてはいけないの?」
「そういう問題ではありません」
「では、どういう問題なの?」
クロードは黙った。
レイナは本当に分かっていない。
ただ。
バンと食事をしたかった。
それだけなのに。
「必要以上に、あの者のことを気にされている」
クロードは静かに言った。
「それが問題なのです」
レイナは目を瞬いた。
「……私が、バンのことばかり考えていると?」
「そうです」
即答だった。
「……そんなこと」
否定しようとして。
言葉が止まる。
昨夜から。
何度、バンのことを考えただろう。
無事なのか。
どこにいるのか。
なぜ、あんなによそよそしかったのか。
夕食に誘ったのに、なぜ断られたのか。
気づけば。
頭に浮かぶのは、バンのことばかりだった。
レイナは視線を落とした。
「……そんなつもりは」
「つもりの問題ではありません」
クロードは淡々と告げる。
「ご自覚がないからこそ、申し上げているのです」
「……婚約者以外の男性に、会いたいと思ってはいけないのですか?」
クロードは少し黙った。
「少なくとも」
やがて静かに答える。
「婚約者様は、よい顔をなさらないでしょう」
「そうなのね……」
レイナは視線を落とした。
会いたいと思った。
無事なのか確かめたかった。
顔を見たかった。
ただ、それだけだった。
けれど。
それすら。
許されないことなのだろうか。
「なんだか、窮屈ね……」
レイナは小さく呟いた。
気づけば。
手元のスープは、すっかり冷めていた。




