それだけのはずなのに
街へ戻る。
服には煤が付いていた。
火の粉の匂いも残っている。
バンは小さく舌打ちした。
「クソ……」
あと少しだった。
あと少しで捕まえられたのに。
その時。
「バン兄!」
聞き慣れた声が飛んでくる。
ミミィだった。
心配そうな顔をしている。
「大丈夫だった?」
「まぁな」
バンは肩を回した。
熱風を浴びたせいで体が痛い。
「それより」
ミミィが辺りを見回す。
「あのお客さんは?」
「逃げられた」
ミミィの表情が曇った。
「そっか……」
バンは壁にもたれかかる。
頭の中には男の顔が浮かんでいた。
怯えた顔。
震える声。
そして。
『俺は悪くない!』
という叫び。
バンは壁から背を離した。
「また明日探す」
ミミィが顔を上げる。
「捕まえて、どうするの?」
「クリスタルを取り戻す」
即答だった。
ミミィは首を傾げる。
「でも」
「ん?」
「あの人の物なんじゃないの?」
バンは首を横に振った。
「違う」
その声は思ったより低かった。
「盗んだんだ」
ミミィは目を丸くする。
「そうだったんだ」
「ああ」
バンは空を見上げた。
遠くの空がまだ赤い。
森の火は完全には消えていないのだろう。
「あんなあぶねーモン」
ミミィが首を傾げる。
バンは小さく息を吐いた。
「……放っとけねぇだろ」
「あの火事って、お客さんのせい?」
バンは少し考えた。
炎の中で叫んでいた男を思い出す。
『俺は悪くない!』
「……たぶんな」
ミミィは黙り込む。
それから。
少しだけ笑う。
「バン兄って、やっぱりお人好しだね」
「どこが」
即答だった。
ミミィはくすりと笑う。
「昔、私に自分の分のパンくれたり」
「……」
「洋服もお下がりくれたり」
「忘れた」
「忘れてないでしょ」
「たまたまだ」
「嘘」
バンは面倒そうに頭をかいた。
だが。
頭の中に浮かぶのは。
炎の向こうへ消えた男ではなかった。
雨の夜。
聞こえた気がした声。
――バン。
「……」
気のせいだ。
そう思いながらも。
なぜか胸の奥が落ち着かなかった。
ーー
翌日。
レイナとクロードは聞き込みを続けていた。
火のクリスタルを持つ男。
そして昨夜、森にいたという長い金髪の旅人。
少しでも情報が欲しかった。
「長い金髪?」
話しかけた店主が首を傾げる。
「ああ、旅人の兄ちゃんか?」
レイナの目が見開いた。
「ご存知なのですか?」
「ああ」
店主は頷く。
「あの酒場によくいるぞ」
レイナは思わず一歩前へ出た。
「どこですか?」
「中央広場の近くだ」
「ありがとうございます」
レイナは頭を下げる。
そして踵を返した。
クロードは静かに尋ねた。
「行きますか?」
「ええ」
即答だった。
⸻
クロードは小さく息を吐く。
レイナはすでに歩き始めていた。
いや。
歩くというより早足だった。
「レイナ様」
「何ですか?」
「お待ちください」
「急がないといなくなるかもしれません」
レイナは振り返りもせず答える。
クロードは額を押さえた。
「そうですが」
レイナはさらに足を速める。
クロードは慌てて後を追った。
「レイナ様!」
「早く行きましょう」
その声はどこか弾んでいた。
バンに会える。
なぜかしら。
早く顔が見たい。
無事なのか確かめたい。
それだけのはずなのに。
胸が少しだけ騒いでいた。
クロードは小さく息を吐く。
(やはり……)
クロードは何も言わなかった。
酒場へ着いた頃には。
昼を過ぎたばかりだった。
店内には客が数人いるだけ。
昨夜のような賑わいはない。
レイナは辺りを見回した。
だが。
金色の髪は見当たらない。
「いませんね……」
クロードが頷く。
「夜に来るのでしょう」
その時だった。
店の奥から一人の少女が現れる。
飲み物を運んでいる。
レイナは目を見開いた。
(この子……)
あの夜。
バンの隣にいた女の子だった。
(バンの恋人なのかしら……)
胸の奥が、チクリと痛んだ。
少女もレイナに気付いた。
「あれ?」
首を傾げる。
レイナは小さく頭を下げた。
「すみません」
「ん?」
「バンを知りませんか?」




