危険な男
「……は?」
クロードが固まる。
レイナは気付いていない。
「何もなかったし」
沈黙。
「バンは女の人が大好きなんですって。なのに何もしてこなかったの。紳士という証拠でしょう?」
火がパチリと音を立てた。
クロードは数秒黙り込む。
「姫様」
「何?」
「それは十分問題です」
「そうかしら?」
レイナは首を傾げた。
「他に部屋がなかったのよ」
「それでもです」
「でも何もされてないわ」
「結果論です」
即答だった。
レイナは困ったように笑う。
「大丈夫よ」
「大丈夫ではありません」
クロードは額を押さえた。
「姫様はもう少し警戒心を持ってください」
「持ってるわ」
「持っていません」
「持ってるわ」
「持っていません」
レイナは頬を膨らませた。
クロードは深いため息を吐く。
本当に目を離せない。
昔からそうだった。
「やはり、あの少年からは目を離さない方が良さそうですね」
「バンは悪い人じゃないわ」
レイナは静かに言った。
「今も金貨二枚で手伝ってくれてるもの」
クロードは目を瞬く。
「……つまり、あの者は金目当てなのですか?」
レイナは少し考える。
「そう言えば、そうね……」
最初からそうだった。
クリスタル探しも。
護衛も。
全部金貨二枚のため。
レイナは小さく笑った。
「でも、それだけじゃないと思うわ」
クロードは黙ったままだった。
レイナは続ける。
「だって、途中で何度も断れたもの」
宿代だって貸してくれた。
金貨だって取り返してくれた。
湖だって。
放っておけばよかったのに。
「……」
クロードは少し考える。
だが。
首を横に振った。
「姫様が王女だと知れば、態度が変わるかもしれません」
レイナは火を見つめた。
揺れる炎。
バンの顔が浮かぶ。
「そうですね……」
否定はできなかった。
王女だから近付いてくる人間はいた。
優しい人もいた。
親切な人もいた。
けれど。
王女だと分かった瞬間に態度が変わる人もいた。
「でも」
クロードが顔を上げる。
「?」
「そうならないと、いいな」
足音が近づく。
クロードが口を閉ざした。
レイナも振り返る。
木々の間から。
バンが戻ってきた。
「……どうした?」
二人が揃ってこちらを見ていた。
レイナは慌てて首を振る。
「いいえ、何でも」
「そうか?」
バンは首を傾げる。
その横で。
クロードがじっとバンを見ていた。
「……?」
何だその目。
バンは眉をひそめる。
「ん?」
クロードは何も言わない。
だが。
視線だけは逸らさない。
「何だよ」
「別に」
「絶対別にじゃねぇだろ」
クロードは小さくため息を吐いた。
「レイナ」
「何?」
「今後は私の見える場所でお休みください」
「?」
レイナは首を傾げる。
バンはもっと分からなかった。
「何の話だ?」
「関係ありません」
「いや気になるだろ」
「関係ありません」
クロードは真顔だった。
「お前さっきから何なんだよ……」
レイナは思わず笑った。
クロードは真剣だった。
バンだけが事情を知らない。
そして。
クロードだけが、
バンへの警戒を一段階強めていた。




