怪しい男
図書館。
高い本棚の前。
レイナは背伸びしていた。
「……」
届かない。
昨日と同じだった。
「バン」
「ん?」
「この本を取ってもらえますか?」
バンはため息を吐く。
「しょうがねぇな」
ひょいと本を取る。
レイナの顔がぱっと明るくなった。
「ありがとうございます」
嬉しそうだった。
本当に。
子供みたいに。
「……」
バンは視線を逸らした。
まただ。
そういう顔をされると調子が狂う。
「じゃあ俺はあっち探してくる」
「?」
レイナが首を傾げる。
「はい」
レイナは本棚の間を歩く。
古い歴史書を探す。
その時だった。
後ろから腕が伸びる。
「っ!?」
口を塞がれた。
声が出ない。
本が床へ落ちる。
誰かが耳元で囁く。
「静かに」
レイナの目が見開かれた。
助けて――
バン。
ーー
バンは本棚の影へ移動した。
「……」
ダメだ。
レイナが女だと分かってから。
妙に意識してしまう。
笑った顔も。
嬉しそうな顔も。
前より目に入る。
「何なんだよ……」
小さく呟く。
自分でも理由は分からなかった。
その時。
ドサッと本が落ちる音がした。
「レイナ?」
返事がない。
眉をひそめる。
さっきまでいた場所へ向かう。
床には本が落ちていた。
「……」
嫌な予感がした。
辺りを見回す。
だが。
レイナの姿はどこにもなかった。
「レイナ!」
バンは図書館の中を走った。
返事はない。
本棚の間。
閲覧席。
どこにもいない。
「クソ……!」
嫌な予感がした。
図書館の外へ飛び出す。
⸻
一方その頃。
図書館の裏。
人目のない路地。
レイナは腕を掴まれていた。
「離してください!」
振り払おうとする。
だが相手はびくともしない。
強い。
レイナは睨み付けた。
「離してっ!」
男はゆっくり手を離した。
レイナはすぐ距離を取る。
「あなた、誰ですか?」
男は答えない。
代わりに。
兜へ手を掛けた。
金属が擦れる音。
ゆっくりと兜が外される。
現れたのは。
黒髪。
整った顔立ち。
冷たい青い瞳。
レイナは息を呑んだ。
「……クロード?」
男は片膝をつく。
騎士の礼。
「お迎えに参りました」
レイナの表情が固まった。
「姫様」
「……」
言葉が出なかった。
なぜ。
ここにいるのだろう。
城にいるはずの騎士が。
なぜ。
クロードは静かに頭を下げる。
「国王陛下がお待ちです」
レイナの顔から血の気が引いた。
「……お父様に言われて来たのね」
「はい」
「私は帰るつもりはありません」
「ですが……」
「レイナ!!」
バンの声が響いた。
「レイナから離れろ」
バンは剣を抜いた。
クロードの前へ立つ。
青い瞳が細められる。
「貴様こそ何者だ」
クロードも剣へ手を掛けた。
空気が張り詰める。
その瞬間。
「待ってください!」
レイナが二人の間へ飛び出した。
「レイナ!」
「レイナ様!」
二人の声が重なる。
レイナは首を振った。
「バン、この人は私の知り合いです」
バンが目を瞬く。
「知り合い?」
レイナは頷く。
それからクロードを見る。
「クロード」
「はい」
「バンは旅の間、ずっと私を助けてくれた人です」
クロードは黙った。
バンを見る。
数秒。
沈黙。
やがて。
剣から手を離した。
「……そうでしたか」
静かに剣を収める。
「失礼しました」
「お、おう」




