風のクリスタル
山道を登る。
やがて。
木々が途切れた。
「……」
レイナが足を止める。
そこにあったのは祠だった。
だが。
思っていたものとは違う。
崩れかけた石段。
割れた鳥居。
苔に覆われた石像。
長い間。
誰も手入れをしていないのが分かった。
「ボロボロですね」
レイナが呟く。
「ああ」
バンも周囲を見回した。
祭りが行われていた場所には見えない。
風が吹く。
古い鈴がカランと鳴った。
「ここにクリスタルが……」
レイナは祠を見上げる。
「あるといいな」
珍しく。
バンがそう言った。
⸻
祠の前に立つ。
古い石の扉。
苔に覆われていた。
レイナは文字をなぞる。
「……」
「何て書いてある?」
バンが聞く。
レイナは読み上げた。
『巫女のみ立ち入りを許す』
沈黙。
バンが肩を竦める。
「行ってこい」
レイナは小さく頷いた。
「行ってきます」
「ああ」
レイナが扉へ近付く。
巫女装束の袖が揺れた。
一歩。
また一歩。
すると。
ゴゴゴ……
重い音が響く。
長い間閉ざされていた石扉が動いた。
レイナは思わず目を見開く。
本当に開いた。
バンも口笛を吹く。
「マジか」
扉の奥から冷たい風が流れてくる。
暗い通路が続いていた。
⸻
祠の最奥。
台座の上に。
淡い緑色の結晶が浮かんでいた。
風のクリスタル。
レイナは息を呑む。
「……あった」
その瞬間。
風が吹いた。
誰もいないはずなのに。
声が響く。
『汝、何を願う』
レイナは目を見開く。
『その想いが真実ならば、触れることを許そう』
『偽りならば、拒絶する』
静寂。
レイナはクリスタルを見つめた。
そして。
「守りたい人がいます」
迷いなく答える。
風が強く吹く。
髪が揺れる。
『誰を守りたい』
レイナは目を閉じた。
母の顔が浮かぶ。
笑顔。
最後の言葉。
後悔。
全部。
レイナは唇を噛んだ。
「……大切な人です」
風が止まる。
クリスタルが淡く光った。
『その想いに偽りなし』
レイナはゆっくり手を伸ばす。
触れる。
弾かれない。
風のクリスタルは静かに輝いた。
⸻
レイナはそっと手を離した。
風のクリスタルは変わらず台座の上で輝いている。
「……無事だった」
思わず力が抜けた。
母を守れなかった時。
クリスタルは失われていた。
だから。
ここにあるだけで十分だった。
「ありがとうございます」
レイナは小さく頭を下げる。
すると。
優しい風が吹いた。
まるで応えるように。
⸻
祠を出る。
バンが待っていた。
「どうだった?」
「ありました」
レイナは微笑む。
バンが目を丸くした。
「マジであったのか」
「はい」
「持ってこねぇのか?」
レイナは振り返る。
祠の奥で。
風のクリスタルが静かに輝いていた。
「この村を守っているものですから」
バンは少しだけ黙った。
それから頷く。
「なるほどな」




