第9話 ダンジョンの遭難者
――惑星アイリーンダンジョン地下17層。
5メートル程のムカデを相手に火炎の柱を何本も地面から噴出させ、羽衣の力で少し地面から浮きながら、何故か笑顔の主婦。素養魔導士の橘母。
水の壁で周囲から他のモンスターが近づけないように額の汗を拭きながら魔法を維持するのは、ソル教から派遣された助祭のリュカ。
最後に、炎の柱で足止めされたモンスターの足を自慢の盾で躱しながら一気に距離を詰め、頭を剣で跳ね飛ばしたのは重戦士の橘父。
「ふぅ~どうだ母さん。二人が身体強化した身体を慣らすならこの辺りの階層が丁度いいと思うんだが」
「そうね、氷上さんも居るだろうし周囲のモンスターへの警戒も考えたらリュカさんの負担も減るからいいわね」
「だろ、リュカさんはどう?」
突然話を振られた彼女はいつも以上にオロオロした。
「え、あ、はい。わ、私もここがい、い、いいと思います」
「そか、んじゃいったんポータルで地上に戻ろうか」
「そうね、そうしましょう」
「あ、あ、あの!」
「どうしたのリュカさん」
「ひ、氷上様がそろそろ身体強化からも、帰られます。って、さっき連絡があ、ありました」
「?……あぁ~そっか、ダンジョン大好き氷上様ならメディカルセンターから直接ダンジョンへ来そうだな」
「そ、そうです」「そうね」
「わかった。じゃ地上じゃなくて10階層で皆がくるまで時間をつぶそうか」
「は、はい。そ、それが、い、いいです」
「じゃぁ私は家のアンドロイドに夕食だけは作っといてもらうように指示をだしとくわ」
「そかぁ~今日は母さんの手料理じゃないのかぁ」
「エリシオンの習慣で私が料理してるけど、他の家庭ではアンドロイドが作るのが一般的なのよ?そろそろ慣れてちょうだい」
「でもなぁ、やっぱり母さんの手料理の方がなんかこー美味しいんだよなぁ」
「もう、仕方ないわねぇ、じゃ週に一回だけアンドロイドに任せる感じにするわ」
「流石母さん!愛してる!」
「はいはい」
そのやり取りに週に1回だけ自分が作るのではないんだ、と不思議に思うリュカだった。
――――
――
「スナッピー!後ろ!」
「余裕っすよゼム船長」
――ザシュッ!
スナッピーと呼ばれる細身の男が、ナイフで50センチ程のサソリの尻尾を跳ね飛ばす。
「おっ、やるじゃねぇか」
「へへっ、いうて身体強化してるあっしでもここら辺が限界すけどね」
「俺はもう少し余裕あるぞ?」
「そりゃ船長と俺っちの素養の差が出ちまってるんでさぁ。少しうらやましいっす」
「まぁ俺のはただの怪力だけどな。しかし手に入れた鉱石もいい額になってるだろ、そろそろ帰るか」
「そうっすね、じゃあっしが先頭で――「スナッピー!後ろっ!」
「え?」
――ドン!
スナッピーの背中に、サソリの毒針が突き刺さる。
「うぎゃっ!」
「このやろーっ!」
持っていた斧でそのサソリを両断するゼム。
「スナッピー大丈夫か!」
ゼム船長は跪き、倒れたスナッピーを抱きかかえる。
「だ、大丈夫。ではないっすね、ははっ」
「こりゃ毒か」
「見た目サソリでしたから、そ、そうでしょうね……てか、ゼム船長。周り見た方がいいっす」
「何を言って――」
スナッピーの指摘に一応と顔を上げると、ゼムと抱えられたスナッピーの周囲にサソリがワラワラと集まっていた。
「こりゃ少し、いや、かなりピンチだな」
「さ、先に逝って待ってるっす」
「ぬかせ」
ゼムは斧を両手で握り、応戦の為に構える。
欲をかかず、早々に引き上げるべきだったと後悔をするが、そこは軍人。
気持ちを切り替え、この場からのスナッピーとの撤退方法を考える。
一匹、二匹と狩っていくが、一向に数が減らない。
ふと片手を腰に当てる。
だがそこには何もない。
普段なら腰には常に武器を携帯しているが、商人への武器を持ち込ませないアイリーンのルールで宇宙港に入る前に武装は全て船の中に隠してしまっていたのだ。
三匹、四匹。
身体強化をしているとは言え、スタミナは別。
これだけ多いと流石に持ちそうもない。
「宇宙以外で死ぬとかありえんだろ!」
ゼムが叫んだその時――
――「ファイヤーストーム!!」
――ゴォオオオオオオオオー
突然吹き荒れる炎の嵐にサソリの集団はみるみる灰になっていき、その熱気に思わず咳き込む。
「ゲホッゲホッ、熱っ」
「母さん、誰かいるぞ!」
顔を上げたゼムは突然現れた3人の姿に驚いたが、状況としては切り抜けたのだと肩の力を抜いた。
―――――
「いやぁ助かりました。もうダメかと」
「たまたまですが助けられてよかったですよ、でもなんで危険なダンジョンなんかに。もしかして旅行者ですか?」
「あ、いえ商人なんですが船が不調でたまたまこの惑星に立ち寄ったんでさぁ。それでこいつがこの惑星のダンジョンには金になる物があるってんで……少し欲をかき過ぎましたな」
「こちらの方が?……もしかしてサソリに刺されましたか?」
「ええ、出来れば解毒剤なんかがあれば」
「……それが持ち合わせがなくて。うちのメンバーも回復系の素養持ちはいないんですよ。ですがもう少し待ってもらえれば――」
「へへっ、こりゃもうダメみたいっすね。船長、うちの母ちゃんに伝言頼めますか……」
「お、お前!馬鹿を言うな!」
「たのんますよ、も、もう喋るのも辛く――」
――「毒ですか?」
「??」
スナッピーは見た。
今にも途切れそうだった意識の中で、白いワンピース姿の天使を見た。
「怖かったですね、でももう大丈夫ですよ『キュア!』と、『ヒール!』」
今にも途切れそうだった意識ははっきりとしだす。
そして目の前の天使が実物だと知る。
ほほ笑むその顔はスナッピーの大人としての邪な心さえ浄化し癒す。
「マ、マイエンジェルっす」
――――
――
リアルロボットのコクピットを堪能した俺は上機嫌だ。
「満足できましたか?京平様」
「キャロ姉ありがとう、凄く堪能した!」
「それは良かったです」
「この機動兵器はこれからどこかに運ぶの?」
俺が堪能したあと機体は横に寝かされ、今まさにクレーンで移動させられそうになっていた。
「この機体は氷上様の私物ですので、メンテナンスも終わりましたのでクルーザーの格納庫へ収納する予定です」
「え?」
「クルーザーへ収納するのですよ」
「いや、そこじゃなくて……私物?」
「ええ、氷上様の私物です」
「……」
「ではそろそろ氷上様達を追いかけましょうか」
「あ、うん」
――キャロ姉の運転する車に乗り込み、空へ移動を始めた時ひかる姉から連絡が入る。
車のモニターに映るひかる姉の顔はものすごく不満げな表情だ。
「どうされました氷上様」
「けが人が出たので今日のダンジョンは中止」
ダンジョンでけが人!?家族以外ほぼ出入りしないダンジョンで!?
「だ、誰がケガしたのひかる姉!」
「あぁ家族ではないよ。知らない人」
「知らない人?」
「とにかく今日は中止だから直接家に帰りなさい、私たちも帰るから。キャロもいいわね」
「了解しました」
キャロ姉の返事を聞かず、ひかる姉は誰かと会話を始めたようだった。
「――は?食事もうちで?……ま、まぁ奥方が言うなら、あ、すまんそういう事だからな」――プツン。
モニターが消え、疑問だけが残った。
「一般の人はわざわざダンジョンに入ろうなんて思わないと思うんだけど、誰だろ」
「観光客が興味本位か小銭稼ぎに立ち寄ったのではないでしょうか」
「あぁ~前にもそんな事があったよね。あれ以来観光局もダンジョンについては危ないからって事で落ち着いてたと思ったんだけどなぁ」
「どこにでも適当に言う者はいますからね。とにかく今日は家に帰りましょう」
「そうだね」
「(今日の食事はなんじゃろな)」
「(アマテラス。今日は俺が俺の好きな順番で食べる番だからな)」
「(細かい事をいうでないわ。そもそも前回のハンバーグは肉へ行く前にいきなり人参を口に放り込むお主が悪いんじゃ!)」
「(仕方ないじゃないか、人参がそこにあったんだから)」
「(なんじゃその言い訳は。じゃが今日はカレーって言ってなかったか?)」
「(あ、そういえば言ってたな)」
「(……なら口に入れたら全部カレー味だな)」
「(……なら口に入れたら全部カレー味じゃな)」
――しかしその夜、俺とアマテラスは母さんのカレーを食べる事はなかった。
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