Episode.3 マチでいいかな?
あたしはツトムくんと銀髪のお姉さんを交互に見比べる。
ツトムくんとは、さっきまで一緒に帰宅していた。
こんなお姉さんの話は聞いていない。
今までだって何度もツトムくんの家には遊びに来た。
脳内で様々な仮説を展開して、
あたしはひとつの結論を導き出す。
「……浮気?」
「おい! 付き合ってねぇ!」
ツトムくんが真っ赤な顔で反論してくる。
いつもの素直なツトムくんだ、かわいい。
でも……だったらなんで?
昔からずっと一緒にいて、
いつもあたしを守ってくれていたツトムくん。
ちょっとだけアタマは不自由だけど、
まっすぐで、男らしくて、あたしだけの騎士様。
なのに……
あたしは銀髪のお姉さんを見る。
雰囲気はあたしに似ている……気がする。
でも、あきらかに二十代半ばの女性だ。
だいぶ年上に見える。
あたしはこの事象も踏まえ、更なる仮説を展開した。
「……年上が好きなの?」
「だからチゲぇ!
信じられないだろうが机から出てきたんだよ!
いきなり現れて未来の俺の嫁とか言ってやがる!
俺も実際、なにがなんだかわからねぇ!」
「……机から? ……嫁?」
まっすぐなツトムくんだ。
きっと、ありのままに起こったことを話している。
嘘なんてつかない。
つまり、この女性は物理法則を無視したんだ。
やっぱり! この世界は定理の書き換えが――
「コマチ」
脳内で仮説を立てていると、女性が話しかけてきた。
年上とはいえ、初対面で呼び捨てだ。
未来の嫁とか……急に現れた恋敵だけど、
今はそんなことより、この人と話がしたい。
「ちょっと2人で話しない?
汚いけどツトムの部屋でいいよね」
汚いなんて……なんて失礼な。
ツトムくんの部屋は、ちょっと個性的なだけだもん。
でもお話は、あたしからもお願いしたい。
あたしは二つ返事で了承した。
「ツトムはここで待ってなさい。
おとなしくしてんのよ?」
女性が言うと、ツトムくんが声を荒げる。
「なんでテメェの指図を……」
「お・と・な・し・く、してるのよ?」
女性がピシャリと言うと、
ツトムくんはムスッとしてソファに座った。
アタマが不自由なツトムくんに理屈を言っても無駄だ。
従わせるのが一番コスパがいい。
この人、あたしと同じくらい……
ううん、あたし以上にツトムくんの扱いが上手い。
そして、遠慮がない……
不思議な気持ちでツトムくんの部屋に移動する。
あぁ、いつ来ても個性的だ。ツトムくんの匂いがする。
「お姉さん、ここから出てきたの?」
あたしはツトムくんの机の引き出しを開ける。
なんの変哲もない、ノートも教科書も入っていない、
いつものツトムくんの引き出しだ。
「お姉さんなんてやめてよ。アタシはあなたなんだから」
そう言って、お姉さんはフッと笑った。
「やっぱり! そうなんだ!」
あたしは目を大きく開いて、未来のあたしを見る。
「あ、気づいてた?」
「途中から、だけど。
いろいろ立てた仮説を潰していったら、
その仮説が残ったの」
「さすがアタシ、優秀優秀」
未来のあたしは、
そう言って満足そうにうんうんと頷いた。
「それでどうして来たの? 実験とか?」
「……ん、まぁいろいろと、ね。
そう、ツトムがダメ男だから、
この頃から鍛えなおしてやろうと思ってさ」
そうだ、この人、未来の嫁って言ってた!
あたし、ツトムくんと結婚しちゃうんだ!
自然と顔がニヤけてしまうのを、
あたしは止められなかった。
「えぇ、でもツトムくんと
一緒にいられるのは嬉しいよぉ」
あたしはニヤけたまま、ヘラヘラと話す。
「そんなこと言ってられるのは、今のうちだけよ。
結婚は現実問題なんだから」
ヤレヤレといった顔で、未来のあたしは言う。
そうなのかなぁ、まだ実感が湧かないな。
「アイツ、まだアタシがコマチだって気づいてないし、
このまま内緒にしてようか?」
「どうして?」
あたしがツトムくんのお嫁さんになるなんて、
今すぐにでも本人に教えたいのに。
「だって、アイツ、バカだしさ。変なふうに意識して
未来が変わっちゃったら嫌でしょ?」
「あぁ、確かに!」
ツトムくんなら逆張りして突き放しかねない。
もぅ! あたしよりツトムくんのこと
わかってる女の子なんていないのに。
「それとね、2人で話したいことは、
もうひとつあるんだ」
未来のあたしは少し真面目な顔になって微笑む。
「え? なに?」
「あなた、今、アインシュタインの理論を
研究してる……よね?」
「うん、相対性理論。それにエネルギーと質量の等価性! E=mc²は普遍的で絶対なもの。でも数式で表せる以上、それを覆せる数式がきっと存在するはず。ううん、違う。あたしは『物理法則を書き換える数式』を作り出せると思うんだ。あなたはどう思う? というか、未来から来たんでしょ? つまりこの仮説は正し――」
「ねえ、コマチ」
饒舌に、早口でまくしたてるあたしを、
未来のあたしが遮った。
「その研究、やめようか」
「……どうして?」
「いっぱい勉強したけどさ。そんな数式、なかったよ」
「じゃあ、あなたはどうやってここに……?」
「んー、企業秘密」
何かを隠してる……どうして止めるんだろう。
でも、ここで言い争うことに意味はない。
「……わかった」
「言い争うコスパを考えたね。さっすがアタシ!
じゃあ、そろそろツトムのところに戻ろうか」
そう言って、未来のあたしはひらりと部屋を出ていった。
「ねぇ、今のツトムくんはあたしのなんだからね」
階段を降りながら、あたしは未来のあたしに宣言する。
「取らない、取らない。子供に興味ないし、
それにアタシはあなただよ?」
それもそうか……妙に納得感はあるな。
そういうものなのかな?
「そういえばさ、髪の色綺麗だよね。
未来で流行ってるの?」
銀髪に輝く美しいショートヘアを見て、
あたしは気になっていたことを聞いた。
「これ? ただの白髪だよ。面倒だから染めてないの」
「し……しし、白髪ぁ!?」
「もう、あんまり言わないでよ、恥ずかしいじゃん。
これでも色々と苦労してんのよ?」
衝撃的な事実を聞きながらリビングに戻ると、
ツトムくんはおとなしく待っていた。いい子だ。
「おぅ、遅いじゃねぇか。
コマチと仲良くなったのかよ」
「ごめんごめん。コマチがいい子だから、
つい話し込んじゃった」
「まぁいいけどよ。そういやテメェ……
名前なんて言うんだ?」
「そうねぇ……マチでいいかな?」
……えっ!?
あたしは驚愕した。そんなバレバレの名前!?
未来の姿だってことは隠すって言ったじゃん!!
「へぇ、未来から来た割に古風な名前なんだな」
……って、気づかないの!?
ツトムくん! いよいよアタマ大丈夫!?
未来のあたし、マチはあたしを見て、
「ほらね」と呆れた表情を浮かべてみせる。
マチの銀髪を見る。白髪……苦労している……
ツトムくん。大好きだよ、本当に大好き。
でも、アタマが不自由すぎて……
あたしの未来がものすごく不安だよっ!




