Episode.2 決まってんでしょ!
「この部屋散らかりすぎじゃない?
全然変わってないんだから」
女はそう言って、狭い引き出しから
滑らかな動作で抜け出してくる。
すらりと伸びた足が床を踏みしめた。
「まぁ、当たり前なんだけどね。
アタシにとっては過去なんだし」
何言ってやがる。俺は現役の高校生だぞ。
そもそも、結婚した記憶なんて逆立ちしたってねぇ。
「テメェ……イカれてんのか?」
いや、もしかするとイカれてるのは
俺の脳ミソの方かも知れねぇ。
机の引き出しから大人の女が這い出てくる訳がねぇだろ。
「相変わらず、察しが悪いわね……
アタシはね、十年後の未来から来たのよ」
女はヤレヤレといった風に肩をすくめ、
気だるそうに机へ寄りかかる。
妙に色っぽい化粧の匂いが漂ってきた。
ヤベェ! 大人の色香にクラクラしてたんじゃ
硬派ヤンキーとしてのプライドがすたる。
「んなバカな! そんなことできるわけねぇだろ!」
俺は気を取り直して、真っ向から否定してやる。
そんなマンガみたいなのありえねぇだろ!
「現にこうやって机から出てきてるのに、
疑うとか時間の無駄じゃない?」
女はため息交じりに、
冷めた視線をこちらに寄越してきた。
「え? あぁ、確かに……」
なんだコレ。俺がおかしいのか?
ここでイチイチつっこむのはヤボなのか?
脳がバグりそうになるのを強引に振り切り、
俺は未来の嫁を自称する女に指を突きつけた。
「じゃあテメェの言ってることが
全部本当だとして、何しに来たんだよ」
「え?……ああ、それは……」
女の気だるげな態度が、一瞬だけピクリと揺らいだ。
修羅場をくぐってきたヤンキーの直感が告げている。
……これは完全に動揺だ。
化けの皮が剥がれかけてやがる。勝ったぜ!
「……あんたがどうしようもないダメ亭主だから
矯正しに来たに決まってんでしょ!」
揺らいだのも束の間。
女は顔を真っ赤に染め、眉を釣り上げて声を荒らげた。
「へ……? 俺が、ダメ男……?」
そんなバカな。俺は最強の男だぞ?
将来はビッグな男になってるに違いないと、
信じて疑わなかったのに。
「今のままだと家事はロクにしないわ、
仕事すれば上司殴ってクビになるわ、
ホントにどうしようもない亭主になるのよ」
険しい目で睨みつけてくる女。いや、上司を殴るって……
それは、まぁ、やりかねねぇけど……
「いや……だって……おかしいだろ……俺は最強の……」
「今の高校時代だってそう。
あんた『コマチを守る~』なんて言ってるだけで、
ろくに勉強してないじゃない」
女は呆れ果てたように吐き捨てる。
「だいたい、この平和な時代のどこに敵がいるのよ」
「ん? テメェ……今、コマチって言ったか?」
そいや、アイツは未来でどうなってんだ?
いや待て、そもそもコイツの言ってることは本当なのか?
「テメェ……コマチまで知ってんのか?」
脳内が疑問のパニックを起こし、そのまま問い詰めると、
女は今までにないくらい深いため息を吐き出した。
「知ってるも何も……あんたねぇ……」
「な、なんだよ!」
「まぁいいわ。
あんたはそうやって、一生バカやってなさい」
女は急に冷めた顔をすると、ひらひらと手を振った。
「その愛しのコマチちゃん、そろそろ来るんじゃない?」
「おい、ふざけんな! べ、別に愛しくなんかねぇ!」
「はいはい、わかったわかった」
俺の反論をサラッと流し、
女はスタスタと部屋を出て当然のように階段を降りる。
「どこ行くんだよ!」
「こんな汚い部屋じゃなくて、リビングで話そうよ。
アタシ、ちょっと楽しみなんだよね。
この頃のコマチに会うの」
なぜか楽しげに足を進める女を追って、
俺もリビングに移動する。
俺が言うのもなんだが、お世辞にも綺麗とは言えない、
生活感の塊のような空間だ。
「ここもか……」
女は少し肩を落としたものの、
すぐに腕をまくってテキパキと片付けを始めた。
「……まぁ、仕方ないよね。
カナデさんも女手ひとつで仕事して、
子供育てて、大変だろうし」
「……お前、俺のお袋の名前まで知ってんのか」
「当たり前でしょ。嫁なんだから」
流れるような手つきで部屋を整えていく。
そんな後ろ姿を見ていると、
もしかしたら本当に『未来の嫁』なのかもしれない、
という思いが急速に膨らんでいく。
そうでなきゃ、俺のプライベートや、
お袋の名前まで知っているハズがねぇ。
……すると、俺はマジで
このままじゃダメ男になっちまうのか?
最強の未来に漠然とした不安を覚えながら、
手際よく動く女を呆然と見つめていると――
――ピンポーン
間抜けなチャイムの音が響いた。
「あっ、来たみたい」
女は嬉しそうに片付けの手を止めると、
パッと玄関に顔を向けた。
「はーい! 入っていいよー!」
家主の俺を差し置いて、
よく通る大きな声で玄関に向かって呼びかける。
「おい、お前、何を勝手に……っ!」
俺の制止よりも早く、ガチャリとドアノブが回る。
玄関が開くと、そこには案の定、
幼馴染のコマチが立っていた。
「あれ? カナデさん、今日は家にいるの?
――って、え?」
コマチは玄関で靴を履いたまま、
見知らぬ銀髪の美女を見つめて、
完全にフリーズしていた。




