Episode.17 花も恥じらう若い乙女
アタシは左手で超電磁ブレードを構え、
右手でデバイスへ数式を高速入力する。
NOVAの目的はアタシの生け捕り。
殺せないぶん、手加減があるのが唯一の救いだ。
だけど、触れられた瞬間に
スタン電撃を喰らってゲームオーバー。
陸へ上がってきた巨漢のギアナイトが、
地響きを立てて迫ってきた。
川の中で高圧電流を流されるのをさけるため、
アタシはデバイスでターゲットを捕捉して待機する。
――完全に川から出た。ここっ!
「リライト、ファイアーピラー!」
ターゲットを局所的な超高熱が包み、
巨大な火柱が爆発的に噴き上がる。
あんたたち、ツトムの対策ばかりに
リソースを割きすぎて、アタシの存在を忘れてたでしょ?
アタシにナノダイヤ装甲なんて通用しない。
火柱が消えるより早く、アタシは前へと地を蹴った。
炎の中で、デク人形の衣服と合成皮膚が灰に変わる。
そして、大理石のようだった白いナノダイヤ装甲が、
どす黒く変色していく。
――グラファイト……黒鉛への相転移だ。
「炭素は熱に弱いのよ!
ツトムと一緒に小学校からやり直してきなさいっ!」
嫌味ったらしい勝利宣言とともに、
黒く脆化した腹部へ超電磁ブレードを叩き込む。
バリバリバリバリッ――!
超電磁の振動波が、炭化した装甲に亀裂を走らせる。
構造が崩壊し、動きの止まったデク人形へ、
もう一撃、ブレードを力強く叩き込んだ。
――バリンッ!
ガラスが砕けるような音を立てて、
装甲がボロボロと剥がれ落ちる。
やるじゃんアタシ!
世界最硬の装甲なんてサイエンスの前には無力なのよ!
心の中で勝どきを上げた、その時、
崩れ落ちた炭の奥から、
ギラリと鈍く輝く銀色の金属が覗いた。
「嘘……あ……っ!?」
アタシは反射的にバックステップで距離を取る。
現れたのは、見慣れたチタン合金のフレーム。
「装甲二枚重ねでデブだったのかぁぁぁ!!」
減量してスリムになったデク人形が、
信じられない初速で突進してきた。
――ガキンッ!!
アタシを捕らえようと伸びる剛腕を、
ブレードで辛うじて弾く。
反作用をリライトで相殺しているとはいえ、
アタシは花も恥じらう若い乙女。
ツトムみたいな近接戦闘なんて、これ以上持たない!
「リライトッ! ソニックブラスト!!」
ゴオオォォォォッ!!
ジェット機のソニックブームさながらの
衝撃波を至近距離で炸裂させ、
デク人形を強引に吹き飛ばす。
あんなので倒せるわけない。
ほんの数メートルだけど距離をつくり、
冷や汗で滑る指を動かし、次の数式を打ち込む。
チタン合金なら、ツトムがいれば
一撃で風穴を空けられるのに……!
仕方ない、今はアタシがやるしか……
「マチさん、お困りですか?」
場違いなほど穏やかな声が、
河川敷の堤防の上から響いた。
ユウヤ……いや、ジュドーだ。
「見りゃわかるでしょ……っ!
あんた、何しに来たのよ?」
頭脳のフル回転と慣れない運動で、肺が痛い。
息を切らしながら、
アタシは精一杯のトゲを込めて毒づいた。
「何って、僕はギアナイトを
消滅させるために、この時代に来たんですよ。
高エネルギー反応があったので立ち寄りましたが
……マチさんが頑張ってらしたので」
コイツ……! アタシが死に物狂いで戦ってるのを、
高みの見物してたっていうのっ!?
本当に、どこまでも食えない奴……!!
「助太刀、しましょうか?」
ジュドーはにっこりと微笑んで言った。
「あんた、戦えるの? 装備も何も持っていないくせに」
中身は世界最高峰の科学者でも、
今の外見は何も持たないただの大学生だ。
「確かに、マチさんたちのように即興で、
フィールドの物質を直接リライトするなんて、
他の誰にも真似できませんが……」
「僕は、これで……」ジュドーは右手を顔の前に掲げた。
「……ギアアーム」
その言葉と同時に、ジュドーの右腕に光の粒子が
急速に集束し、無機質な機械の腕へと変貌していく。
なるほど、粒子を形状記憶させて隠してたわけね。
ふふん、その程度の技術で
天才コマチちゃんが驚くと思ったら大間違いよ。
「……で、その腕で何ができるのよ?
ビームでもブッ放すわけ?」
「いえいえ、そんな物騒なことはしませんよ。
ただ、充填に少し時間がかかります。
マチさん、もう少し彼を抑えて
時間を稼いでいただけますか?」
ジュドーの右腕が、キュィィィン……と
高周波の機械音を立てて明滅を始める。
……彼って、ギアナイトのこと?!
結局アタシ一人で戦うんじゃない!
だいたい、この状況で物騒なことしないって何?!
ハトでも出すつもりなのっ?!
「あんたねぇ、勝手に一人で話を進めて――」
「ほら、また向かってきましたよ。応戦、お願いします」
ジュドーはアタシの文句をサラッと遮った。
――ガキンッ!!
デク人形が執拗に伸ばしてきた剛腕を、
超電磁ブレードで強引に叩き上げる。
もうっ! とりあえずあんなスカした男は
最初からいなかったことにして、アタシがやるしかない!
「リライト! アイスニードル!」
狂い咲く氷の鋭い矢がデク人形へ殺到する。
チタン合金の装甲は貫けなくても、
視界を奪うくらいならっ!
デク人形が氷の乱舞を腕でガードした一瞬の隙。
アタシは深く踏み込み、
デク人形の剥き出しになった右腕の関節部分へ、
ブレードの超振動刃を滑り込ませた。
――バリバリ……バチバチッ!!!
激しい放電とともに、
デク人形の右腕が派手に切り落とされる。
可動部なら装甲を厚く重ねられない。思った通り!
もう一本! 左腕さえ落とせれば
アタシに致命傷を与えられないデク人形は
完全に無力化できるはず……!
アタシは勝機を確信し、
次のリライトを発動するための数式を
デバイスに入力しようと……
「――もう、いいですよ」
ジュドーの、抑揚のない声が響いた。
「何がもういいのよ! アタシは今忙しいのっ!」
あまりにやる気の見えない態度にイライラして、
アタシは振り向いて怒鳴りつける。
だが、デク人形はその一瞬の隙を見逃さなかった。
残った左腕の指先が、死神の鎌のように
アタシの首筋へピタリと滑り込んできた。
――しまった……!!
心臓が跳ね上がったその瞬間。
ジュドーは掲げたままの機械の腕で、
パチン、と静かに指を鳴らした。
乾いた金属音が昼間の河川敷に響き、
ジュドーが淡々と一言を告げる。
「――エフェ・テュネル(量子トンネル)」
いつの間にか、ジュドーの掲げた機械の手に
滑らかな輝きを放つ、小型の黒い立方体があった。
……あれ。
どこかで見た形。黒い立方体。
まさか――ギアナイトのゼロホール動力!?
ジュドーは機械の腕を再び光の粒子へと霧散させながら、
「アデュー」と小さく呟いた。
……そういえば。
首筋に押し当てられたデク人形の指先から、
一向にスタン電撃が流れてこない。
アタシが恐る恐る振り返ると、
ギアナイトはその場に完全沈黙していた。
あの男……触れることもせず、
装甲をすり抜けて、内部の動力だけを抜き取った……
直接のリライトは通用しないはずなのに……
外見は爽やかな青年。
だけど中身は五十過ぎのおっさん。
アタシはその姿を、冷や汗を流しながら
まじまじと見つめることしかできなかった。




