Episode.13 完成させたの……?
アタシの専門外だから詳しくは知らない。
けれど、聞いたことくらいはある。
禁忌『マインドジャック』
人間の精神データを解析して、
他人の脳へと強制的に上書きする技術だ。
精神を乗っ取られた側は、
脳の最深部で永い休眠状態に陥るという。
「あなた……その男の身体を、乗っ取ったのね」
「ええ。未来から脳のバックアップデータを
ギアナイトに運ばせました。この時代での活動のため、
この子の身体を少々お借りしています」
ユウヤ……いや、ジュドーは悪びれることなく言った。
「そんな勝手なことが許されると思っているの!?
そのユウヤって人にだって、人生や人権があるのよ!」
そう。人道的な観点から法律で厳重に規制されてる。
「この時代に規制するような法律はありませんよ?」
ジュドーは小首を傾げ、不思議そうに言った。
「当たり前でしょ! この時代には、
まだそんな技術、存在していないんだから!」
「ユウヤさん……そんなことを……」
自分が今まで会話していた男がどんなやつか、
今更、気づいたのだろう。
コマチは両手で自分の口元を強く押さえ、
驚愕に目を見開いていた。
「NOVAの連中なんてこんなものよ!
倫理観の欠片だって持ち合わせちゃいないんだから!」
アタシはコマチに必死に説き伏せるように言う。
……とはいえ。コマチは、過去のアタシ自身だ。
同じ状況ならきっとアタシも同じことをしている。
知識への欲求に逆らえなかっただろう。
「倫理観の話を言われると辛いですが、
僕はもうNOVAの組織の人間ではありません」
ジュドーは怒る私に少し困ったような顔で続けた。
「誤解があると思いますが、
僕も争いが嫌いな一人の人間です。
きっとあなたたちも、そうなんでしょう?」
「あんた、あんな破壊兵器作っておいて
今更なにいってんのよっ!」
激しい怒りに任せ、アタシは力任せにテーブルを叩いた。
――バンッ!!
静まり返った館内に、爆音が鳴り響く。
途端に、周囲の人たちが一斉に冷ややかな視線が
こちらへ向いた。
「あっ……」四方からの視線を浴びて、
アタシは頭を少しだけ冷ました。
そんなアタシを見て、
ジュドーは申し訳なさそうなに話す。
「確かに、ギアナイトを作ったのは僕です。
……ですが、僕だってこんなつもりじゃなかった。
人類の歴史において、争いが絶えないのはなぜか。
それは、世界が一つになっていないからだ。
……当時の僕はそう考えたんです」
「おいテメェ……つまり結局、
お前はコマチに粉かけてたわけじゃねぇんだな?」
難しい話には完全に置いていかれているツトムだったが、
どうやらこの男が、コマチにちょっかいを
出しているわけではないことだけは理解したようだ。
ジュドーはツトムの顔を見上げ、
フッと優しげに微笑むと説明を続ける。
「ええ、僕はただ、多少の犠牲は伴うとしても
『絶対的な武力』を作り上げ、
世界統一を成し遂げたかったんです。
文字通り一つになってしまえば、
そもそも争う相手そのものがいなくなりますからね」
無茶茶苦茶だ。犠牲を前提にした平和なんて、
しかも……
「それが、よりにもよってNOVAと組むなんて……っ!」
「いえ。彼らには権力も資金もあった。
掲げる理想も、僕の思想と同じもだと思っていました。
……ただ、絶対的なチカラを手に入れて、
彼らは変わってしまったんです」
ジュドーは悲しそうに視線を落とし、深い溜息を吐いた。
「いつの間にかギアナイトは、
不満を持つ人々の反乱を暴力で抑制するための、
ただの破壊兵器に成り下がってしまった。
マチさん……あなたにもギアナイトのせいで、
多大な苦労をさせてしまいましたね」
そう言うと、ジュドーはアタシのほうへ
真っ直ぐに向き直り、深々と頭を下げた。
「本当に、大変申し訳ありませんでした」
――突然の謝罪。
あまりにも真っ当に自分の非を認めた男を前にして、
アタシの感情は急に行き場を失い、
ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
「なぁ、マチ。これ以上、コイツを責めても
意味ねぇんじゃねぇか? 本人も謝ってんだしよ」
みんなの沈黙の後、この場の空気を察したのか、
ツトムが俺をなだめるように静かに口を挟んできた。
……そう。確かに、ジュドーの言っていることは
嘘偽りだとは思えない。
この男は、本気で理想を掲げ、
間違えてしまった、哀れな科学者なのだ。
だけど……じゃあ、アタシのこの行き場のない
憎しみは、どこへぶつければいいの?
NOVAに抑圧されて怯え、貧困の格差は広がり続け、
明日への希望すら持てずに死んでいく人たちを、
アタシは嫌というほど見てきた。
……そして、アタシのツトムくんを奪ったのも。
「マチさん。ギアナイトのエネルギー源がなにか、
あなたもご存知ですよね」
ジュドーが顔を上げ、静かに問いかけてくる。
知っている。知りたくなんてなかったけれど、
それはアタシの開発した無限のエネルギー、
光子力の輪、小型の『ゼロホール』だ。
「……あ、アタシのせいだって言いたいの?」
最初から分かっていたじゃない。
ジュドーの言うとおりなんだ。
彼がNOVAにギアナイトを提供したように、
直接的ではなかったにせよ、アタシは奴らに、
無限ともいえるエネルギーを与えてしまっている。
「そうではない。責めているわけじゃないんです。
我々科学者は、未知への探求を止められない。
……それは僕だけじゃない。マチさん、あなたも。
そして、そこにいるコマチさんも……ね」
ジュドーの視線が、
向かいで小さく座っているコマチへと向けられる。
コマチは顔をしかめ、きつく唇を噛んで下を向いた。
「マチさん。そのノート、
まだ中身をご覧になっていないでしょう?」
ジュドーの目は
テーブルに置かれたノートを差し微笑んだ。
「マチ、ダメ……! これは違うの、見ないで……っ!」
コマチはハッと顔を上げ、ノートを取ろうとする。
しかし、ジュドーがヒョイっとそれを奪い取り、
アタシの手元へと差し出してきた。
アタシは、拒絶したい気持ちを抑えてノートを開く。
……中身は、量子力学についてのまとめだ。
驚くべき速度での理解だけど、
そもそもコマチはアタシ自身だ。
この程度なら、余裕で咀嚼できる。
取り立てて驚くようなことは……
「そのページではないですよ。
もう少し、前の方へ遡ってみてください」
ジュドーが、ノートの中身を見もしないで、
確信したような笑みを浮かべる。
言われるがまま、あたしは数ページ分、
ノートをパラパラとめくっていった。
そして……アタシの思考が完全に凍りついた。
……これは。
アタシがよく知っている見慣れた数式。
未来を混沌と破壊の渦に陥れた、
そして、アタシのツトムくんを奪い去った数式。
「『リライト』……もうこれを完成させたの……?」
ノートを掴むアタシの指先が震え出す。
「ごめんなさい……っ! ごめんなさいマチ!
どうしても、どうしても解きたくて……っ!
絶対に、絶対に誰にも公表しないからっ!」
完全に硬直してしまったアタシの腕を、
コマチが涙を浮かべながら必死に掴み、縋りついてくる。
こうなるかもしれないと、予想はしていた。
――だけど、早い。早すぎる!
「僕たちがいた未来で、あなたが『リライト』を
発表したのは、およそ七年後……
どうやらここから先は、僕たちも知らない未来へと
進んでいくのかもしれませんね」
ジュドーは相変わらず静かに笑みを絶やさないまま、
すっと席を立った。
「……どこへ行く気?」
立ち去ろうとするジュドーの背中に、
アタシは鋭い声を投げかけて呼び止める。
「どこ、と言われましても……」
ジュドーは顎を撫で、考える仕草をした。
「コマチさんへの『お勉強』は、
もう既に僕の出る幕じゃなさそうだ。
僕は大人しく家に帰って、
のんびり『Xデー』が来るのを待つことにしますよ」
「Xデー……? なんのこと?」
「それは内緒です。マチさんのように、
こちらの人に話して、
不本意に未来が変わったら困りますしね」
ジュドーはいたずらっぽく微笑む。
「くっ……!」痛いところを突かれ、
アタシは言葉に詰まって唇を噛む。
アタシの腕にすがりついたままのコマチは、
今にも泣き出しそうな顔で小さく震えていた。
研究欲を抑えきれなかった罪悪感でいっぱいなんだろう。
でも、そんな風に追い詰めてしまった原因も
アタシの存在にあるのだと思うと、
自己嫌悪に潰されそうになる。
「おい、ユウヤ。ちょっと待てよ」
その時、これまで静かに佇んでいたツトムが、
ようやくサングラスとマスクを引っぺがして、
ジュドーに話しかけた。
「キミは……ユウヤくんのお友達かな?」
「テメェとダチになった覚えはねぇよ。
……けどな。コマチを口説こうとしてたってのは、
どうやら俺の勘違いだったみてぇだな。
そこは悪かった。済まねぇ」
「いえいえ、お気になさらず……」
「だがな、」
ジュドーが言葉を続けようとするのを、
ツトムは真剣な声で被せて遮った。
「今のコマチのツラを見ろ。
……テメェが何を考えてるかは知らねぇが、
次にまたコマチを泣かせるような真似をしやがったら、
俺がテメェをぶっ飛ばすからな」
真っ直ぐな眼光でツトムが釘を刺す。
さっきまで世界だの科学者の業だのと話してたのに
さすがに面食らったのだろう。
ジュドーは初めて意外そうな顔で、
驚いたように目を丸くした。
「……心得ました」
それから、少し気恥ずかしそうに咳払いをすると、
今度こそ去っていった。
ジュドーが見えなくなると、
ツトムはすぐにいつものぶっきらぼうな表情に戻り、
アタシの腕の中で震えるコマチの元へと歩み寄った。
「ほらコマチ、あんまり気にすんなって」
ツトムはそう言って、
コマチの頭をクシャクシャと優しく撫でていた。
あぁ……やっぱりツトムはツトムなんだなぁ。
その変わらない不器用な優しさが、
アタシには嬉しくて、頼もしくて、
そして、もうアタシには、もう戻らない……
寂しくて、切なくて、
胸の奥がキュッと締め付けられた。




