Episode.12 そんな未来はありえないから
「……なぁ、こういうグッズ、いらなくねぇか?」
翌日の昼下がり。
俺はマチと一緒に、コマチが家から出てくるのを
物陰に潜んで張り込んでいた。
そもそも尾行自体、褒められたことじゃねぇが、
今の俺たちの格好は、黒のサングラスに白マスク。
おまけに両手にはアンパンと牛乳という、
刑事の張り込みセットだった。
「いいから黙ってアンパン食ってなさい。
こういうミッションは雰囲気が一番大事なんだから」
マチの奴、絶対に刑事ごっこを楽しんでやがる。
やってることは刑事側っていうより犯人側だけどな。
……まぁ、俺だってコマチに悪い虫がつくのは心配だ。
あくまで一人の『幼馴染の兄貴分』として見守るだけ。
別に嫉妬してるとか、そういうんじゃねぇし!
「あっ、コマチが家から出てきたわよ! 隠れて!」
「うおっ!?」
マチが慌てて俺の頭を掴み、
すぐ横にあった刈り込み済みの生垣へと
力任せに突っ込んできた。
バキバキと枝を折りながら、
俺の顔面が生垣にガッツリ埋まる。
「イテェ! テメェ……何しやがる!」
生垣から顔を引き抜き、小枝の刺さったリーゼント頭で
サングラスとマスク越しに最恐のメンチを切る。
だがマチはまったく動じず、
人差し指を自分の口元に当てて「シーッ!」と
威嚇するだけだった。 完全に舐められてやがる……
「ほら、つかず離れずをキープして。後を追うよ」
そう言ってタタタッとコマチの背後を追うマチ。
やっぱりコイツ、『尾行』をノリノリで楽しんでるな。
歩き方が実にリズミカルだ。
つーか、前方を行くコマチも、
歩き方がマチにめちゃくちゃそっくりじゃねぇか。
あいつもあいつで、これから男に会うのを
そんなに楽しみにしてやがんのか?
……なんだか面白くねぇ。
「なーにムッツリした顔してんのよ?」
前を歩くマチが、不意に振り返って聞いてきた。
サングラスとマスクで完全に隠してるってのに、
なんで俺の顔がわかんだよコイツは。
「はぁ?! 別に何でもねぇよ!」
「まったく、いっちょ前に威張ってんのに、
器がちっちゃいんだから」
マチは両手を顔の横で広げ、
ヤレヤレといったジェスチャーをしてみせる。
「だから何でもねぇって言ってんだろ!」
「はいはい。昨日も言ったけど、
コマチに限ってそんなことには
絶対なんないから安心しなって」
手を横にパタパタと振って、
まるで俺の焦りを透かしたように言う。
「勝手に話を進めてんじゃねーよ!」
「……まぁ、もし万が一、
コマチがアンタのことをいらないって言うなら、
その時はアタシがもらってあげるから、ね?」
マチはそう言って、クスクス笑いながら
俺のリーゼントを優しく撫でてきた。
……って、はぁ!? な、何言ってんだよ、コイツ……っ!?
サングラスの奥で、自分の顔が一気に
ボッと熱くなるのがわかった。
危ねぇ……顔が隠れてて本当に良かった。
生身の顔だったら弱みを握られるところだった。
「ふ、ふざけんなよ! テメェみたいな年増、
こっちから願い下げだっつーの!」
俺は動揺を隠すように、
ビシッと指を突き出し反抗してやった。
バキッ!
「いってぇーーーっ!!」
マチは俺のスネにローキックをかますと、
何事もなかったかのようにスタスタと歩き出した。
俺は少し足を引きずりながら、その後ろ姿を追う。
「まったく……本当にデリカシーがないんだから」
マチは前方のコマチを追いながら、
俺のほうを振り返らずにぽつりと呟いた。
「……大丈夫よ。本当に、そんな未来はありえないから」
背中越しに聞こえたマチの声は、
さっきまでのふざけたトーンとは打って変わって、
どこか寂しげに落ち込んでいた。
……ちょ、ちょっと「年増」は言い過ぎちまったか?
そんな気まずい後悔を頭の隅で転がしている内に、
コマチは図書館へと入っていく。
俺たちは距離をとり、コマチに見つからないように
本棚の陰へと身を潜めた。
コマチは館内をキョロキョロと周囲を見回し、
奥の席にいた男を見つけ、嬉しそうに駆け寄っていった。
アイツか……本棚の隙間からじゃ、
距離があって顔がよく見えねぇな。
俺たちは気配を殺し、こっそりと
斜め後ろの棚まで近づく。
すると、二人の話し声が聞こえてきた。
「……これを、たった一晩で?」
男の、低くて妙に整った声が響く。
「うん! 昨日どうしても気になっちゃって、
自分なりに数式をまとめてみたの」
「セ・プロディジュー(素晴らしい)
……信じられない。まさかここまでとは……」
男はコマチのノートを食い入るように見つめ、
心の底から驚嘆しているようだった。
ん……? 待てよ。アイツ……
遠目からじゃよく分からなかったが、
あの男、どこかで見たことが……
いや、絶対に知っているぞ。
マチはディスプレイを小さく広げ、前方の男を見ていた。
「生体反応……異常なし。
ギアナイトじゃないわね。生身の人間よ」
そう呟くと、マチは再び、
むーっと眉間にシワを寄せて考え込み始めた。
「おかしいな……アタシの記憶には、
あんな奴と会った覚えないんだけど」
テメェの記憶と何の関係があるんだよ、
と思いつつ、俺も自分の記憶を必死にひっくり返す。
あのツラ、絶対にどこかで……
「あっ! アイツ……思い出したぞ!」
「なによ? あんたの知り合いなわけ?」
「アイツ、去年までウチの高校にいた『ユウヤ』だ!
チャラチャラした女ったらしだ!」
「なるほどね。ソイツが卒業して大学に行って、
コマチは今年入学したから
ちょうど入れ違いってわけね」
マチは冷静に分析しているが、
俺はもう一秒だって冷静じゃいられねぇ!
あんな絵に描いたようなチャラ男、
箱入り娘のコマチが騙されてるに決まってる!
「テメェはここにいろ。
ちっとアイツの顔面、ぶん殴ってわからせてくる!」
俺が本棚の陰から飛び出そうとした瞬間、
マチがガッと強烈な力で俺の肩を掴んで引き戻した。
「ちょっと待ちなさいって!
もう少しだけ、あいつらの様子を見せて。
それに、ここは図書館なんだから暴れちゃダメ!」
ちっ! ……たしかに、
まだあいつがコマチを口説いてるっていう
決定的な証拠は掴んでねぇな……
「だけどなマチ、あいつがコマチに
指一本でも触れようとしたら、
俺は場所がどこだろうが関係ねぇ、
絶対にぶっ飛ばしにいくからな!」
「そりゃそうよ。そん時は徹底的にやりなさい」
そこはマチも俺と同じ考えみてぇだな。ならいい。
俺たちは再び身を潜め、
息を殺して二人の会話を盗み聞きした。
「やはり……コマチさんには『見えている』のですね。
この世界を認識するためのコードが……」
「世界……? コード……?」
「ええ。あなたは世界のあらゆる仕組みや物理法則を、
数式やデータとして視覚的に認識しているはずだ。
そうでなければ、たった一晩で量子力学の本質から
ここまで組み立てられるはずがない」
「あ……それは、なんとなく分かります。
子供の頃から、周りの景色とか現象が、
全部パズルみたいに動いてるなーって思ってて」
ユウヤが深く頷き、熱を帯びた声で続ける。
「あなたが未来で発見した、
事象を書き換えるコード『リライト』。
僕はあれを初めて見たとき……震えました。
あれは、この世界のシステムを書き換える
『ハッキングコード』だ。
常人には、一生辿り着けない領域です」
アイツら、さっきからまた、
わけの分からねぇ話をしてやがる。
だが、さっきから俺の肩を掴んだままのマチの手に、
じわじわと力が込められていくのが分かった。
……急にどうしたんだ?
不穏な空気が流れる中、さらに二人の様子を窺う。
「世界を……ハッキング……?」
コマチは、むーっと斜め上を見つめながら、
ノートの端を指で遊ばせ考え込んでいる。
「あなたなら、辿り着けるかもしれない……
『アカシックレコード』に……」
ユウヤは恍惚とした表情で、
コマチの顔をじっと見つめて呟いた。
「アカシックレコード……宇宙の記録って、
そんなー。それはファンタジーすぎますよぉ」
コマチは少しだけ考えた後、
いつもの調子でヘラッと笑った。
「いいえ、決してファンタジーじゃない。
実際に未来のあなたは、世界のシステムへの
局所的なハッキングを成功させているんですから。
天才という言葉だけでは到底足りない……
コマチさん、あなたは世界に選ばれた人です」
「そんなことないですよ。ユウヤさんだって、
あのロボットを作ったんでしょう?
大天才じゃないですか」
「ギアナイトのことですか?」
ユウヤは悲しげに視線を落とし、
自嘲気味に肩をすくめた。
「あれは、世界を混沌と破壊に導いただけ
……大失敗でした」
アイツはそう言って顔をしかめた、その時。
俺の肩を掴んでいたマチの手に、
爆発的なパワーが込もった。
「うおっ!?」
グイッと力任せに引っ張られた俺の身体は、
完全にバランスを崩し、そのまま真横にあった本棚へ、
頭から派手に激突した。
ゴンッ!!
激痛と共に目の前にチカチカと黄色い星が飛び散り、
俺はその場でフラフラと頭を押さえる。
「い、つつ……っ! テメェ、何しやが……」
怨み言を言おうと見上げると、
マチはすでに自分のサングラスとマスクを引っぺがし、
床に投げ捨てて、ツカツカと音を響かせながら、
コマチたちの座るテーブルへと歩き出していった。
あのヤロー……!
俺を止めたクセに、テメェだけ抜け駆けしやがって……!
※ ※ ※
アタシは、二人の座るテーブルへと歩み寄る。
つい、怒りでツトムを強く突き飛ばしてしまった。
だけど、なりふり構っていられない。
ギアナイトを作った科学者……!?
本棚の陰から全部は聞き取れなかったけれど、
あのユウヤという男、かなりのキレ者であることは
今の会話だけでも十分に伝わってきた。
だけど、おかしい。アタシは知っている。
未来でギアナイトを設計し、世界を壊した科学者を。
でも、あんな若い男じゃなかった、
そもそも日本人ですらなかった。
……一体、何が起きているの?
「……っ! マ、マチ!?
これは……その……違うの、あたし……っ」
アタシの姿を見たコマチが、
まるで母親にイタズラが見つかった子供みたいに
バツの悪そうな顔をする。
だけど、今はそんなコマチにも
付き合っている余裕もなかった。
アタシの人生を狂わせた最低最悪の人物が、
今まさに目の前にいる!
……でも容姿が全然違う。まずは事実を確認しないと。
「あぁ、コマチさん。やっとお会いできました」
ユウヤと呼ばれてる男は、アタシを見て、
にっこりと親しげな笑みを浮かべて話しかけてきた。
「こっちの時代では、マチって名乗ってるわ」
言葉短めに、怒りを押し殺して言い返す。
「なるほど……同一人物が二人存在していると、
呼び名が不便ですからね。分かりました、マチさん」
男は笑顔の形をまったく崩すことなく、
淡々と理解したようだ。
「あんたがギアナイトを作ったって言った?」
テーブルの木目に爪が食い込むほど強く指を立てながら、
アタシは言葉を続ける。
「アタシはアレの生みの親を知っている。
だけど、あんたじゃない」
「僕ですよ」
ユウヤがサラリと、軽快に答えた。
その時、アタシに突き飛ばされて
遅れてやってきたツトムが、
どすどすと床を鳴らしてユウヤの真横に立ちはだかった。
「おいテメェ。チャラチャラと、
コマチに言い寄ってんじゃねぇぞ、あぁ?」
サングラスとマスクをつけたまま、
ポケットに手を突っ込み、
額の青筋をピキピキと震わせてメンチを切る。
「ツトム、今は真面目な話をしてるんだから黙ってて」
「俺だって大真面目に……」
「黙って!」
アタシが静かに鋭い声を張ると、
ツトムは「チッ!」と大きく舌打ちをした。
「……そのチャラ男への説教、
マチの後は俺の番だかんな」
そう不機嫌に呟いて、ツトムは大人しく腕を組み、
鋭い眼光でユウヤを上から見下ろす。
よし、それでいい。
アタシは男の瞳の奥を睨みつけ、話を元に戻す。
「アタシのいた未来で、
ギアナイトを開発したのはフランスの
『ジュドー』っていう科学者だったわ」
アタシがNOVAに捕まり施設に幽閉されていた時、
何度か独房のガラス越しに言葉を交わしたことがある、
五十前後のオジサンだったはずだ。
……目の前にいる若い男とは似ても似つかない。
「覚えていてくれて光栄です、マチさん」
ユウヤ――いや、目の前の男は優しく微笑んだ。
「僕はユウヤという男性の身体を借りたジュドーです」




