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まちまちリライト  作者: なつみかん


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11/25

Episode.11 焦ってるんでしょ?

「すごい……名前は知ってたけど、

 量子力学って、こんな世界なんだ……」


今まで宇宙や時間みたいな「大きな世界」

ばかり研究していたから、

物質の最も「小さな世界」のことなんて、

真剣に考えたこともなかった。


「でも、これって……突き詰めていけば、

 この世界にあるすべての事象が、

 0と1だけで示せるってこと……?」

あたしの脳内で、新しい仮説が立ち上がりかけていた。


「そうですよ。面白いでしょう?

 その0と1という世界の最小単位が、

 あなたもよく知っている『数式』という名の

 プログラムで動いているんです」

対面に座っているユウヤさんが、柔らかい物腰のまま、

あたしの思考をそっと押すように教えてくれる。


「あたしたちが観測していない時は

 0でも1でもある『重なり合った波』。

 観測した途端に0か1かの『結果』に確定する。

 まるで、ずっと存在してると都合が悪いみたい」

誰に言うわけでもなく、

あたしは本に視線を落としたまま、ブツブツと呟いた。


「省エネですよね。見てないものまで

 ずっと存在させていたら、

 処理容量が足りないんですよ。きっと」

クスリと笑うユウヤさん。

もしかしたら、この人はすでに

自分なりの仮説を持っているのかもしれない。

あたしの思考の答えを、どこかへ誘導しているような……


「つまりユウヤさんは、この世界には

 プログラムを組んだ『創造主』が存在しているって

 そう言いたいの?」

あたしは自分の脳内で導き出されたその答えに、

ひとりの科学者として疑問を抱きながら尋ねる。


「さすがコマチさんだ。

 若い頃から本当に飲み込みが早い」


「……でも、そんなことって」


「あなたが今まで研究していた相対性理論。

 あれだって、よく考えればそうでしょう?」

ユウヤさんは楽しそうに目を細めた。


「どうして光の速さを超えられないんです?

 世界側が時間を引き延ばしてまで、

 光の速さを超えさせない。……意味がわかりません」


「それは……」


「そうです。そう『設定』してあるからです。

 処理落ちして世界が崩壊しないための、

 プログラム上の制限速度……かもしれません」

それを聞かされても、あたしの中では、

まだ本能的に否定したい気持ちがあった。


だけど……いや、しかし……

思考がグルグルと加速する。


「……今までの科学は、

 その存在を否定し続けてきました」

静かな声だった。

「ですが真理に近づけば近づくほど、

 その存在がチラつくんです……皮肉ですよね」

そう言って苦く笑う。


揺らぎ……トンネル効果……確率の収束……

あたしの中でパズルが音を立てて組み上がる。


そんなあたしを見て、ユウヤさんはクスリと笑った。

「おっと、そろそろ閉館時間のようですね。

 コマチさんさえ良ければ、

 また明日も、ここでお勉強の続きをしましょうか?」


「……あ、うんっ。あ、いや、はい! 是非!」

こんな風に、マニアックな物理の仮説を

対等に話し合える相手なんて初めてだ。

めちゃくちゃ頭が刺激されて、もの凄く楽しい。


ユウヤさんと別れて図書館を出たあたしは、

まだ熱を持ったままの頭を冷ますように風を浴びた。

帰りに隣に住んでるツトムくんの家に寄っていこう。


ツトムくんの家に到着すると、

玄関の外まで、なにやらギャーギャーと

騒がしい声が漏れ聞こえていた。

インターホンを鳴らすと、カナデさんが出迎えてくれた。


「いらっしゃいコマチちゃん。

 あいつら、うるさくてごめんねー」


「うぅん、何かあったの?」

あたしはスニーカーを脱ぎながら尋ねる。


「さぁねぇ。勉強してんだか、喧嘩してんだか……」

そう言ってカナデさんは

呆れたように肩をすくめて笑った。


「ツトムたちは2階の部屋にいるから、いっといで」

カナデさんに許可をもらい、

あたしはトントンと階段を上って

ツトムくんの部屋のドアを開けた。


「あんたねーっ!

 因数分解すらまともに解けないって正気!?

 どうやって今まで生き延びてきたのよっ!」

部屋の中ではマチが鬼のような顔で

スパルタ家庭教師を繰り広げていた。


「あーーーっ! うるせぇうるせぇ!

 今日はもう辞めだ辞め!

 俺はトレーニング行くっつーの!」

机に突っ伏したツトムくんも、

かなりストレスが溜まっているみたいだ。

あ、そういえば、今日は自慢のリーゼントじゃない。

これはこれでかわいい。


「そうやって、いつまでも脳筋で……あれ?

 コマチ、いつからいたの?」

マチがあたしの気配に気づき、

ツトムくんもガタッと椅子を鳴らして振り返った。


「……おぅ。遅かったじゃねぇか。

 図書館、楽しかったのかよ」

溜まっていた勉強へのイライラを押し込めながら、

ツトムくんが少し拗ねたように聞いてくる。


「うん! 大学生のお兄さんがいてね、

 いろいろ勉強を教えてもらっちゃった」


「あぁ!? 大学生?……お兄さんだぁ?」

ツトムくんの目がギロリと据わり、

ドスの利いた声を上げてメンチを切ってきた。


「なによツトム。あんた、もしかして妬いてるの?」

すかさずマチが手のひらで口元を隠し、

プププッと意地悪く笑う。


「バッ……! 妬くってなんだよ! そんなわけねぇだろ!」

ツトムくんは一瞬で耳まで真っ赤に染め上げ、

プイッと明後日の方向へ横を向いた。ますますかわいい。


「じゃあ、愛しのコマチちゃんに

 愛想を尽かされないように、

 明日までにしっかり因数分解を覚えないとねー」

マチがさらにニヤニヤしながら、

ツトムくんをオモチャみたいに茶化し始める。


「あーーーっ!! マジでうるっせぇ!!

 俺は外でランニングしてくっからな!」

限界を迎えたツトムくんは、

恥ずかしさから逃げるように、

怒濤の勢いで部屋を飛び出していった。


「頑張ってねー!」

あたしはバタバタと廊下を駆けていく

ツトムくんの背中に、くすくす笑いながら声をかけた。


「……でもさぁ」

ツトムくんがいなくなると、

マチは少し真面目な顔になり、

人差し指を顎に当てて小首をかしげた。


「高校生の頃のアタシとはいえ

 その辺の大学生程度の頭脳で

 アタシに勉強教えられるの?」


ギクッ……そういえば、ユウヤさんは

『未来でNOVAの科学者だった』って言っていた。

どうしよう。もしそのことをマチに伝えたら、

マチは絶対に今すぐ図書館に乗り込んでいって、

勉強どころじゃなくなっちゃうよね……


あたしは、もっと『量子力学』の世界を学びたい。

大丈夫、きっと大丈夫。

ユウヤさんは悪い人には見えなかったし。

このことをマチに教えるのは、

また今度でも遅くはないはず。

ユウヤさんだって、明日も図書館にいるんだし……


「あたしだって、わからないことたくさんあるよー。

 ほら、国語の『作者の気持ち』とか!」


「あー、確かにねー! あんな証明もできないような

 理不尽な問題、テストに出すなって感じよね!」

マチがうんうんと首を縦に振って同意する。

……良かった。なんとか誤魔化せたみたい。


「明日はツトムの下手くそな飛行訓練、見に来るの?」


「えっ、あ、あはは……明日は……

 明日も図書館に行こうかなって!

 ほら、せっかく学校もお休みなんだし、

 自主学習をしっかりしなきゃね!」

ヤバい! 元々嘘をつくのが苦手だから、

声がめちゃくちゃ上ずっちゃう。


あたしはアタフタとした動作で帰り支度をしながら言う。

「じゃ、じゃあツトムくんも

 トレーニングに行っちゃったし、

 あたしもそろそろウチに帰るね!」

これ以上ここにいたら、絶対にボロが出る。

今日は早く帰ろう。


「そぉ? じゃあ、また明日ねー」

怪訝そうに手を振るマチの視線から逃げるように、

あたしはいそいそと自分の家へと駆け帰った。


※ ※ ※


俺が外でのトレーニングから帰ると、

部屋に残っていたマチが、

空中にデバイスを開いたまま腕を組んで考え込んでいた。


「むー。やっぱり、わかんない」

マチは腕組みをしたまま、目を閉じて天井を仰いだ。


「あぁ? 何がわかんねぇんだよ」

俺は首にかけたタオルで汗を拭いながら尋ねる。


「コマチの態度よ。あの子、

 絶対にアタシに何か隠し事をしてる」

そういえば、俺が部屋を飛び出す前に、

大学生のお兄さんとかなんとか言ってたな。

それを思い出すだけで、なんかムカムカする。


「そうなんか? ……まぁ、そうはいってもよぅ。

 あいつにはあいつの付き合いとかあんだろうし、

 俺たちがどうこう言う筋合いもねぇだろ」

俺は幼馴染として、

そして一個年上の頼れる『兄』として、

努めて冷静に大人な回答を返してやった。


「ふーん? いつも威張っちゃってるくせにさー。

 本当は愛しのコマチちゃんが

 年上の大学生に盗られちゃうかもーって、

 内心、焦ってるんでしょ? 冷静なフリしちゃってさぁ」

マチが思いっきりニヤニヤとした、

底意地の悪い顔で俺の顔を覗き込んできた。


「はぁ!? そ、そんなんじゃねぇよ!

 コマチが誰と何してようが、俺には関係ねぇし!」

さっきまでの冷静さはどこへやら、

俺は顔を真っ赤にしながら全力の怒声で否定してやった。


「はいはい、大丈夫よー。

 コマチにそんな心配いらないって」

マチは手を横にパタパタと振って、

俺を落ち着かせようとしてくる。


「……っ! だから、チゲェ!」

「でも、違うならなんだろ……気になるなぁ」

俺の怒りを完全にスルーして、

マチはむーっと再び深い物思いにふけり始めた。


「……よし、こうなったら。やるしかないわね」

パッと顔を上げたマチが、

急に真剣な顔つきになりやがった。


「やるって……おい、何をだよ?」

嫌な予感しかしない。


「そんなの決まってるでしょ?

 明日、コマチを『尾行』するのよ。

 当然、あんたも一緒に行くからね」

マチは不敵に笑いながら、俺の肩をガシッと掴んだ。


おいおい……冗談だろ……? なんてこった。


学校の破壊では飽き足らずストーキングまで……

俺たちは、一体どこまで罪を重ねちまうんだ……

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