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わたしの隣、人気者しか座れないはずなのに。――陰キャ女子の平穏は、距離感バグな美少女たちに壊されました  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


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第5話 幼なじみは、あとから来て全部わかっている顔をする

 朝比奈こはるという、妙にまっすぐな後輩が現れてから、わたしの学校生活はさらに落ち着かなくなった。


 別に、何か大事件が起きたわけじゃない。


 翌日になって急に教室の前に一年生が押しかけてきたとか、こはるが毎時間窓の外からこちらを見てくるとか、そういうわかりやすい展開はなかった。


 なかったのだけれど。


 昼休みに玲奈が、いつも以上に当然の顔でわたしの机に居座るようになった気がする。


「今日、唐揚げ入ってる?」

「……なんで先に確認するの」

「昨日なかったから」

「そんなにチェックしてるの?」

「してるよ」

「こわい」

「ひどいなあ」


 ひどくないと思う。


 玲奈はそう言いながらも笑っていて、結局わたしの弁当箱の中を軽くのぞきこんだ。


「今日はある」

「あるね」

「やった」


 なんでそんなに嬉しそうなんだろう。


 わたしのお弁当の唐揚げひとつでここまで機嫌をよくできる人を、わたしは他に知らない。


「一ノ瀬さんって、食べもののことでそんなにテンション上がるタイプだった?」

「食べものでも上がるし、ましろのお弁当だから余計に上がる」

「そういう言い方やめて」

「なんで?」

「……なんか、変に聞こえるから」


 言ってから、自分で勝手に恥ずかしくなった。


 玲奈はぱちぱちと瞬きをして、それから少しだけ口元をゆるめる。


「変に聞こえたんだ」

「確認しないで」

「ふふ」

「笑わないで」

「だって、ましろってほんと正直なんだもん」


 正直なのはたぶん、そっちの方だ。


 わたしだったら思っていても口にしないようなことを、玲奈はごく自然に口にする。しかもそれが軽口みたいでいて、妙に残る。


 だから困る。


 しかも最近は、こはるの件まであって、玲奈の「わたしがいないところでも色々起きるんだね」みたいな視線を感じることが増えた。


 ……いや、そんな視線そのものは存在しないのかもしれないけれど、少なくともわたしにはそう感じられる。


 そしてそう感じる時点で、もうかなり玲奈に振り回されている気がして、そこもまた落ち着かなかった。


 昼休みが終わり、午後の授業が二つ終わるころには、さすがに少しだけ疲れていた。


 教科書をしまいながら、小さく息を吐く。


 最近、学校で使う気力が増えている気がする。いい意味なのか悪い意味なのかはわからない。たぶん両方だ。


 帰りのホームルームが終わって、みんなが思い思いに席を立ち始める。


 今日は図書室にも寄らないし、寄り道の予定もない。なるべく早く帰って静かな部屋でひと息つきたい。そう思って鞄に手を伸ばした、そのときだった。


「へえ」


 聞き覚えのある、少しだけ楽しそうな声が教室の後ろ側から落ちてきた。


 わたしはぴたりと動きを止める。


 その声は、ここ数日で増えた玲奈やこはるの声とは違う。もっと昔から知っている、遠慮がなくて、でも妙に気安い声。


 振り向く前から、誰だかわかってしまった。


「最近のましろ、そんな感じなんだ」


 やっぱり。


 教室の後ろの扉にもたれかかるように立っていたのは、藤咲みおだった。


 肩につくくらいの髪を無造作にまとめて、どこか猫みたいな目でこちらを見ている。笑っているのに、全部見えているような顔。昔からそうだ。


 わたしが小さく息を飲むと、みおはその反応を見てさらに笑った。


「なにその顔。幼なじみ見てそんな警戒する?」

「……警戒するよ」

「ひど。久しぶりなのに」

「久しぶりって言うほどでもないでしょ。先週も廊下ですれ違ったし」

「会話してないじゃん」

「それはそうだけど」


 みおは同じ学年だけれどクラスが違う。家も近いし、小さい頃からの付き合いだから、他の子よりはずっと気楽に話せる相手だ。


 ……気楽に話せる、はずなのに。


 この人に関しては、その“気楽”の中に妙な厄介さが混じる。


 わたしの昔を知っているからだ。


 機嫌が悪いときの顔も、困ったときに視線が泳ぐ癖も、緊張すると耳が赤くなることも、たぶん普通の友達よりずっと知っている。


 だから、隠してもだいたい無駄だ。


「で?」


 みおは教室の中に入ってきて、わたしの机の横で立ち止まった。


「最近ずいぶん楽しそうじゃん」

「……なにが」

「え、そこ聞く?」

「聞くけど」

「だって、学年の人気者が毎日ましろのとこ来てるって、わりと有名だよ」

「有名にしないでほしい」

「わたしに言われても」


 その通りすぎて何も言い返せない。


 みおは視線をすっと横へ流した。わたしもつられてそちらを見る。


 少し離れた場所で、玲奈が友達と話しながら、でもこちらの気配を気にしているのがわかった。完全に見ているわけじゃない。見ていないふりをして、ちゃんと気づいている感じ。


 その観察の仕方が、なんだか妙に玲奈らしい。


「ふーん」


 みおが小さく笑う。


「なに」

「いや。ほんとなんだなって思って」

「ほんとって」

「人気者さん、ちゃんとこっち気にしてる」


 言われて、わたしは反射的に玲奈の方を見る。


 すると、タイミングが悪いのかいいのか、玲奈とちょうど目が合った。


 玲奈は一瞬だけ目を丸くして、それからにこっと笑う。


 その笑顔があまりにいつも通りで、こっちは逆にどうしていいかわからなくなった。


「……見なくてよかったのに」

「見たの、ましろでしょ」

「そうだけど」

「昔からそうなんだよね」

 みおが軽く肩をすくめる。

「気になったらちゃんと見ちゃうの」


 やめてほしい。


 そういう昔から知ってますみたいな言い方を、今このタイミングでされるのはすごくやめてほしい。


 わたしが黙り込むと、みおはくすっと笑って、何のためらいもなくわたしの肩に手を置いた。


「相変わらずわかりやすい」


 近い。


 いや、みおが近いのは昔からだ。肩を叩かれることも、隣に座られることも、小さい頃から普通にあった。


 けれど今は、それを玲奈が見ていると意識してしまうせいで、いつもの“普通”が妙に落ち着かないものになる。


 そして、そう思った瞬間に、玲奈が動いた。


「ましろ」


 ああ、来た。


 声のした方を向くと、玲奈がこちらへ歩いてくるところだった。足取りは軽い。表情も明るい。けれど、なんとなく、まっすぐすぎる。


「お友達?」


 玲奈はそう言いながら、わたしとみおの間に入るほどではないにしても、かなり近い位置まで来た。


 みおはそんな玲奈をじっと見て、それからふっと笑う。


「お友達っていうか、幼なじみ?」

「へえ」

「藤咲みお。ましろとは小さい頃からの付き合い」

「一ノ瀬玲奈です」

「知ってるよ。有名だし」

「そっか」


 にこにこしている二人。


 なのに、なんだろう。


 空気が少しだけぴんとしている。


 険悪というほどじゃない。むしろ表面上はすごく穏やかだ。けれど、お互いに相手を軽く測っているみたいな、そんな変な緊張があった。


 やめてほしい。わたしを挟んでそういう静かな火花を散らさないでほしい。


「ましろって呼ぶんだね」

 玲奈が何気ないふうに言う。

「呼ぶよ。昔からそうだし」

 みおも何気ないふうに返す。

「へえ」

「そっちは?」

「わたしも呼んでる」

「へえ」

「……その“へえ”の応酬やめない?」


 思わず口を挟んでしまった。


 二人とも一瞬だけわたしを見て、それから同時に笑った。


 息が合わないでほしい。こういうときだけ。


 みおはわたしの肩から手を下ろし、その代わりみたいに机の端に腰を預ける。


「でもほんと、最近のましろ、前よりずっと表情動くね」

「そう?」

「うん。昔はもっと、なんていうか、気配消してた」

「気配は今も消したいけど」

「無理でしょ、これだけ目立ってたら」

「だからわたしの意思じゃないって言ってる」

「そういうとこ」


 みおは楽しそうに笑った。


「ましろって、昔から放っておけない顔するんだよね」

「……なにそれ」

「困ってるのに、助けてって言わない顔」

「そんな顔してる?」

「してる」

「してない」

「してるって」


 言い切る声に、反論が少し弱くなる。


 みおは昔からこうだ。わたしが否定しても、「いやしてるよ」と普通に返してくる。そして大抵、その方が当たっている。


 玲奈がその横から、少し不思議そうに口を開いた。


「放っておけない、かあ」

「そう。昔から」

「どんな感じだったの?」


 わたしはぎょっとした。


「ちょ、ちょっと、なんで聞くの」

「気になるから」

「聞かないで」

「えー」

「やだ」

「じゃあわたしが話す?」

 みおがさらっと言う。

「小学生のとき、忘れ物して泣きそうなの隠してた話とか」

「やめて」

「あと、犬に吠えられて固まってたのに“別に怖くないし”って意地張ってた話」

「やめてってば!」

「あとね」

「ほんとにやめて!」


 わたしの声が思ったより大きくなって、近くの子たちがまたこっちを見た。


 終わった。


 みおはそれを見てもまったく悪びれず、ただ楽しそうに肩を揺らす。玲奈の方は、というと――


 笑っていた。


 しかも、かなり嬉しそうに。


「そうなんだ」

「うれしそうにしないで」

「だって、ましろの昔の話って貴重じゃない?」

「貴重だけど人前で共有するものじゃない」

「へえ、犬怖いんだ」

「今はそこまででもない」

「じゃあ昔は怖かったんだ」

「……話を広げないで」

「かわいい」

「二人ともそれで全部済むと思わないで」


 ほんとうに済ませようとしている気がするから困る。


 みおは机の上に指先でとんとんと軽く音を立てながら、玲奈の方を見た。


「一ノ瀬さんさ」

「なに?」

「ましろのこと、だいぶ気に入ってるよね」

「みお!」

「え、だって見てたらわかるじゃん」

「わかるとか言わないで」

「なんで? 事実でしょ」


 わたしじゃなくて玲奈に聞いてほしい。


 そう思ったのに、玲奈は少しだけ驚いた顔をしたあと、ふっと笑った。


「そう見える?」

「見える見える」

「へえ」

「否定しないんだ」

「する必要ある?」

「……っ」


 なぜそこでそんな返しができるの。


 わたしは完全に言葉を失った。みおでさえ、一瞬だけ目を丸くしている。


 そして、その一瞬のあとで、みおはますます面白そうな顔になった。


「へえ、なるほど」

「なにその反応」

「いや。人気者って、もっと器用に隠すのかと思ってた」

「隠す必要あるの?」

「相手によるんじゃない?」

「たとえば?」

「たとえば、ましろみたいな子には、ね」


 空気が、また少しだけ変わる。


 わたしの知らないところで、変な会話のレベルに進まないでほしい。


 みおはそこでようやくわたしの方を見て、少しだけ声をやわらかくした。


「ま、いいけど」

「よくないけど」

「ましろが困ってるのに、完全には嫌がってないのも知ってるし」

「……っ」

「そういう顔するからわかるんだって」


 だから、やめてほしい。


 そんなふうに全部見えてるみたいに言われると、わたしの中でまだうまく形になっていないものまで、勝手に輪郭を持ちそうになる。


 玲奈がその言葉を聞いて、少しだけ真面目な顔になった。


「嫌がってない、んだ」

「ちょっと玲奈まで拾わないで」

「でも大事じゃない?」

「大事じゃないとは言わないけど、いちいち口に出さなくていいの!」


 わたしが半ば叫ぶみたいに言うと、二人とも一拍おいて、それから同時に笑った。


 なんなんだろう、この状況。


 幼なじみと、学年の人気者に、わたしの気持ちを勝手に分析されている。


 普通の高校生活って、こんなだったっけ。


「ごめんごめん」

 みおがまだ笑いながら言う。

「でもさ、ましろ」

「なに」

「ちゃんと見なよ?」


 その言葉だけ、少しだけ声の調子が変わった。


 からかい半分の空気はそのままなのに、奥にほんの少しだけ本気が混じっている。


「見なよ、って……なにを」

「いろいろ」

「また抽象的」

「抽象的なくらいでいいんだって、今は」


 そう言って、みおはわたしの額を指先で軽くつついた。


「昔から、あんたは自分のことになると鈍いんだから」

「……みおに言われたくない」

「言われたくないか」

「うん」

「でも言う」


 そこは譲らないらしい。


 みおはふっと笑って、鞄を肩にかけ直した。


「じゃ、今日は顔見に来ただけだから帰る」

「顔見に来たってなに」

「最近おもしろいって聞いたから」

「最低」

「褒め言葉だよ」

「どう考えても違う」

「じゃあ、またね。ましろ」


 その“またね”は、さっきまでより少しだけ静かだった。


 みおはそのままくるりと背を向けて、教室の後ろ扉へ向かう。去り際、玲奈の方にだけ軽く視線を流して、意味ありげに笑った。


 玲奈も何も言わないまま、その背中を見送る。


 扉が閉まって、ようやく教室の空気が少し落ち着いた。


 ……ような気がしただけで、実際にはわたしの心拍数がまだ全然落ち着いていないだけだった。


「……つかれた」

 思わず本音が漏れる。

「おつかれさま」

「絶対人ごとだと思ってるでしょ」

「半分くらいは」

「半分も!?」

「でも、半分はちゃんとましろのこと見てたよ」


 その言い方がずるい。


 わたしは机の上に突っ伏したくなるのをなんとかこらえて、玲奈を見上げた。


「みお、変なこと言ってたよね」

「どれ?」

「どれもだよ」

「でも幼なじみって強いね」

「そこ感想なんだ」

「だって、昔のましろ知ってるんだもん」

「……そりゃ、そうだけど」

「いいな」


 ぽつりと落ちたその一言に、わたしは目を瞬かせた。


「いいな、って」

「うん」

 玲奈はごく自然にうなずいた。

「わたし、ましろの昔のこと知らないし」

「知らなくていいと思うけど」

「なんで」

「恥ずかしいから」

「じゃあ余計に知りたい」


 やっぱりこの人はだめだ。


 止めても止めても、気になる方へ進んでくる。


「でも」

 玲奈は少しだけ身をかがめた。

「これから知れたら、それでいいかな」

「……」

「だめ?」

「……そういう聞き方、ずるい」

「だめなんだ」

「だめとは言ってない」

「じゃあいいんだ」

「なんでそうなるの……」


 玲奈は楽しそうに笑う。


 わたしはもう、反論するのも少し疲れてきていた。


 けれど、そんなふうに力が抜けているときほど、この人の言葉は妙にまっすぐ刺さる。


 これから知れたらいい。


 その言い方は、なんだかずいぶん先まで当たり前に一緒にいるみたいで、少しだけ困る。


 少しだけ――うれしい、と思いかけた自分がいて、もっと困る。


「ましろ」

「なに」

「今、また難しい顔した」

「してない」

「したよ」

「一ノ瀬さんが変なこと言うから」

「じゃあもっと言う」

「やめて」

「やめない」


 ほんとうに、やめてくれない。


 でも、みおが来る前よりも、教室の空気は少しだけ違って見えた。


 幼なじみだからわかること。

 人気者だから踏み込めること。

 その両方に挟まれて、わたしはたぶん、思っていたよりずっとわかりやすく揺れている。


 それを見透かされたみたいで悔しいのに、どこかで少しだけ救われてもいた。


 みおは、からかいながらもちゃんと見ている。


 玲奈は、楽しそうにしながらもやっぱりまっすぐ見てくる。


 そんなふうに誰かに見られることに慣れていないわたしは、たぶんまだ、どうしていいのかわからないままだ。


 でも――


 教室を出る前、玲奈が当然のように「一緒に帰る?」と聞いてきたとき、わたしは前みたいに大きく戸惑わなかった。


「……途中までなら」

「やった」


 その返事だけで、玲奈はほんとうに嬉しそうに笑う。


 みおの言った通り、ちゃんと見た方がいいのかもしれない。


 誰が、じゃなくて。

 何が起きているのかを。


 そう思ったところで、すぐに玲奈が横からのぞきこんできた。


「今、なんか真面目なこと考えてたでしょ」

「なんでわかるの」

「顔」

「最近そればっかり」

「だってほんとなんだもん」


 だめだ。


 やっぱり、この平穏のなさには、まだしばらく慣れそうにない。

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