表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
わたしの隣、人気者しか座れないはずなのに。――陰キャ女子の平穏は、距離感バグな美少女たちに壊されました  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/35

第31話 後輩のカードは、まっすぐすぎて少し眩しい

 朝比奈さんの紹介カードが掲示されたのは、その翌日の昼休みだった。


 正確に言えば、わたしがそれを知ったのは昼休みだった、という方が近い。


 朝の時点では、まだ掲示板の前を通らなかった。昨日あれだけ自分と玲奈さんのカードを意識してしまったせいで、少しだけ図書室前を避けていたのだと思う。


 見たい。


 けれど、見に行くのが恥ずかしい。


 そういう、よくわからない気持ちだった。


 自分の紹介カードが貼られているのを見るのも、玲奈さんのカードが隣に並んでいるのを見るのも、もう一度くらいなら平気だと思う。


 でも、何度も見に行くと、自分で自分の言葉を気にしすぎているみたいで落ち着かない。


 そんなふうに考えていたら、昼休みになった途端、教室の入口から元気な声が飛んできた。


「小日向先輩!」


 もう、声だけでわかる。


 朝比奈こはるだった。


 わたしが顔を上げると、朝比奈さんは廊下から身を乗り出すようにして、両手を胸の前で握っていた。目がきらきらしている。


 かなり、何か言いたそうな顔だ。


「朝比奈さん、どうしたの?」


「貼られました!」


「貼られた?」


「わたしの紹介カードです!」


 その声は、抑えているつもりなのだろうけれど、十分に教室へ響いた。


 近くの席の子が何人かこちらを見る。


 わたしは思わず少しだけ背筋を伸ばした。


 玲奈さんが斜め前の席から振り向く。


「こはるちゃんのカード、もう貼られたんだ」


「はい! 篠宮先輩が、昼休み前に貼ってくださいました!」


 朝比奈さんは本当に嬉しそうだった。


 自分の書いたものが掲示される。


 それは恥ずかしいことでもあるはずなのに、朝比奈さんは怖さよりも嬉しさの方が大きいように見える。


 少し羨ましい。


 わたしなら、まず恥ずかしさで固まる。


 実際、固まった。


「小日向先輩、見に来てくれますか?」


 まっすぐ聞かれた。


 断れるはずがない。


 いや、用事があれば断ったかもしれない。でも今は昼休みで、お弁当を食べ終わったあとだった。玲奈さんといつものように話していただけだ。


 それを“だけ”と言ってしまうのは、少し違う気もするけれど。


「うん。行くよ」


 答えると、朝比奈さんの顔がぱっと明るくなった。


「ありがとうございます!」


「わたしも行っていい?」


 玲奈さんが言う。


 朝比奈さんは勢いよく頷いた。


「もちろんです! 一ノ瀬先輩にも見てほしいです!」


「じゃあ、行こっか」


 玲奈さんが立ち上がる。


 わたしも椅子を引いたところで、後ろから声がした。


「はい、わたしも行く」


 みおだった。


 当然のように鞄からスマホを机に置き、立ち上がる。


「みおも?」


「行くでしょ。こはるちゃんのカード、気になるし。あと、ましろと玲奈さんの反応も見たいし」


「後半が本音でしょ」


「両方本音」


 みおは悪びれずに笑う。


 朝比奈さんは少し驚いたあと、嬉しそうに頭を下げた。


「藤咲先輩も、ありがとうございます!」


「見に行くだけでそんなに感謝されると、逆にこっちが照れるなあ」


「でも、嬉しいので!」


「こはるちゃんは素直でいいね」


「はい!」


「今のは自分で頷くところなんだ」


 みおが笑う。


 そのやり取りを見ているだけで、少しだけ肩の力が抜けた。


 図書室前の掲示板には、昼休みらしく数人の生徒が集まっていた。


 読書週間の見出しの下に、紹介カードが少しずつ増えている。色の違うカードが並ぶと、それだけで見た目が明るくなる。


 そして、その中に朝比奈さんのカードがあった。


 わたしと玲奈さんのカードの、少し下。


 淡い桃色のカード。


 朝比奈さんらしい、丸くて丁寧な文字。


 タイトルと作者名の下に、好きな一文が書かれている。


 ――言葉は急がなくてもいい。けれど、届けたいと思った気持ちは、いつか形を探し始める。


 紹介文は、昨日見せてもらった下書きより少しだけ整っていた。


 好きな人に近づきたいけれど、言葉の順番がわからない人へ。焦らなくても、まっすぐな気持ちは、ちゃんと届く形を探せると教えてくれる本です。


 読み終えたあと、わたしは少しだけ黙った。


 朝比奈さんは隣で、息を詰めるようにしてこちらを見ている。


 感想を待っている。


 それがわかるから、わたしはすぐに軽い言葉を返せなかった。


 ちゃんと読みたかった。


 ちゃんと返したかった。


「……いいね」


 まず、それだけ言った。


 朝比奈さんの肩が少し動く。


「本当ですか?」


「うん。下書きより、もっと読みやすくなってる」


「はい。篠宮先輩にも少し見てもらって、言葉を減らしました」


「その方が、朝比奈さんの言いたいことがまっすぐ届くと思う」


 わたしがそう言うと、朝比奈さんは本当にほっとしたように笑った。


 玲奈さんもカードを見て、やわらかく頷く。


「こはるちゃんらしいね。でも、ちゃんと読む人のことも考えてる」


「一ノ瀬先輩……」


「好きな一文もいいと思う。言葉が形を探し始める、ってところ」


「そこ、すごく好きだったんです」


 朝比奈さんは嬉しそうに言った。


「今までは、思ったことをそのまま言えば届くと思っていたんですけど、最近は、届く形を考えることも大事なんだなって」


 そう言ってから、ちらりとわたしを見る。


「小日向先輩に教えてもらいました」


「わたしは、そんな大したこと言ってないよ」


「言いました」


 即答だった。


 朝比奈さんは、少しだけ声を落とす。


「順番が大事って」


 その言葉を聞いて、胸の奥が少しあたたかくなった。


 わたしの言葉が、朝比奈さんの中に残っていた。


 それが嬉しい。


 でも、少し恥ずかしい。


 わたしが何かを言う前に、みおが掲示板をじっと見ながら言った。


「三枚並んで見ると、なんかすごいね」


「三枚?」


「ましろ、玲奈さん、こはるちゃん。全部、距離の話してる」


 言われて、わたしも改めて掲示板を見る。


 わたしのカード。


 玲奈さんのカード。


 朝比奈さんのカード。


 隣にいる理由。


 近づく怖さ。


 言葉の順番。


 確かに、三枚とも違う本を紹介しているのに、どこか同じ方向を向いている。


 人と人の距離。


 近づきたい気持ち。


 届く言葉。


 偶然、なのだと思う。


 でも、偶然にしては少しできすぎていた。


「……ほんとだ」


 わたしが呟くと、玲奈さんが小さく笑った。


「わたしたち、考えてること似てるのかな」


「似てるというか、影響されてるんじゃない?」


 みおがあっさり言う。


 わたしは振り向いた。


「影響?」


「そりゃそうでしょ。毎日一緒にお弁当食べたり、図書室行ったり、感想言い合ったりしてるんだから。完全に別々のこと考えてる方が難しいって」


 みおは、そういうことを何でもない顔で言う。


 玲奈さんが、少しだけ考えるように掲示板を見た。


「影響、か」


「嫌?」


 みおが聞く。


 玲奈さんはすぐに首を横に振った。


「嫌じゃない」


 その言い方に、わたしは少しだけ反応してしまった。


 玲奈さんが、わたしの言葉を使った。


 最近、みんなが使うようになっている気がする。


 嫌じゃない。


 便利な言葉。


 けれど、便利なだけではない言葉。


 はっきり好きとは言えないけれど、拒みたくはないとき。


 怖いけれど、近づきたいとき。


 そういう曖昧な気持ちを入れておける、小さな箱みたいな言葉。


「小日向先輩」


 朝比奈さんが、少しだけ緊張した声で言った。


「わたし、小日向先輩に影響されるの、嫌じゃないです」


「……そう言われると、照れるんだけど」


「すみません。でも、本当です」


 朝比奈さんは続けた。


「一ノ瀬先輩にも、藤咲先輩にも、篠宮先輩にも、影響されてると思います。でも、一番最初に言葉のことを考えたいと思ったのは、小日向先輩が原稿をちゃんと読んでくれたからです」


 まっすぐだった。


 掲示板に貼られた紹介カードみたいに。


 飾りすぎず、でも届く形を探している言葉だった。


 わたしは、すぐに返事ができなかった。


 こういう時、前ならたぶん曖昧に笑ってごまかしていた。


 そんなことないよ、と言って流していた。


 でも、それだと朝比奈さんの言葉をちゃんと受け取っていない気がした。


「……ありがとう」


 だから、そう言った。


「そう言ってもらえるのは、嬉しい」


 朝比奈さんの顔が、一瞬で明るくなる。


「はい!」


 隣で玲奈さんが、静かに笑っていた。


 みおは少しだけ驚いた顔をして、それから満足そうに頷く。


「ましろ、最近ほんと逃げなくなったね」


「逃げてるときもあるよ」


「でも、今は逃げなかった」


「……たまには」


「いいね、たまには」


 みおが笑う。


 その軽さに、少し救われる。


 昼休みが終わりに近づいて、わたしたちは教室へ戻ることにした。


 朝比奈さんは自分のカードをもう一度だけ見てから、小さく頭を下げた。


 掲示板に対して。


 少しおかしくて、でも朝比奈さんらしかった。


「何してるの?」


 わたしが聞くと、朝比奈さんは少し照れたように言った。


「ちゃんと届きますように、って」


「願掛け?」


「はい」


「朝比奈さんらしいね」


「ありがとうございます!」


 褒めたつもりだったけれど、そこまで喜ばれると少し困る。


 教室へ戻る廊下で、玲奈さんがわたしの隣に並んだ。


 みおと朝比奈さんは少し前を歩いている。


 朝比奈さんがみおに何か話しかけて、みおが笑っている。


 その背中を見ながら、玲奈さんが小さく言った。


「こはるちゃん、ましろのこと本当に好きだね」


 胸が少しだけ鳴った。


 “好き”。


 その言葉は、朝比奈さんの場合、とてもまっすぐで、尊敬や憧れが混じっているように思える。


 でも、玲奈さんの口から聞くと、少しだけ別の響きになる。


「……そうなのかな」


「うん。見てたらわかる」


「玲奈さんは、よく見てるね」


「ましろに関係あることはね」


 さらっと言う。


 この人は本当に、油断するとすぐ近づいてくる。


「でも」


 玲奈さんは少しだけ声を落とした。


「今日は、前より平気だった」


「何が?」


「ましろがこはるちゃんに感謝されてるところを見るの」


 わたしは少しだけ驚いて、玲奈さんを見た。


「前は、平気じゃなかったの?」


「少しだけ。寂しいとか、羨ましいとか、そういうのがあった」


 玲奈さんは素直に言った。


 その言葉は、以前よりずっと自然に聞こえた。


「でも今日は、こはるちゃんのカードを一緒に見られてよかったなって思った。ましろがちゃんと受け取って、こはるちゃんが嬉しそうにしてて、それを隣で見られたのが、なんかよかった」


「……そっか」


「うん」


 玲奈さんは笑った。


「たぶん、少し安心してる」


「安心?」


「ましろが誰かに優しくしてても、わたしの場所がなくなるわけじゃないって」


 足が止まりそうになった。


 玲奈さんの声は、静かだった。


 でも、すごく大事なことを言っているのがわかった。


 わたしは少しだけ言葉を探してから、答えた。


「なくならないよ」


 玲奈さんがこちらを見る。


「玲奈さんの場所は、なくならないと思う」


 言ったあと、顔が熱くなった。


 これは、かなり近い言葉だ。


 でも、言いたかった。


 玲奈さんが安心したと言ったから。


 その安心を、もう少し確かなものにしたかった。


 玲奈さんはしばらく黙っていた。


 それから、ゆっくり口元を緩める。


「ましろ、それはずるい」


「玲奈さんもよく言うから」


「うん。わたし、今かなり嬉しい」


「……そう」


「うん。かなり」


 前を歩いていたみおが、ちらっと振り返った。


 何か察した顔をしている。


 わたしはすぐに視線を逸らした。


 みおは何も言わず、ただにやっと笑って前を向いた。


 それが逆に恥ずかしい。


 教室へ戻ると、昼休み終了まであと数分だった。


 朝比奈さんは一年生の教室へ戻るため、廊下で深く頭を下げた。


「今日は見に来てくれて、ありがとうございました!」


「こちらこそ、見せてくれてありがとう」


「また、何か書いたら読んでください」


「うん。無理しない範囲で」


「はい!」


 朝比奈さんは元気よく去っていく。


 その後ろ姿を見送りながら、みおが隣で言った。


「こはるちゃん、いい後輩だね」


「うん」


「ましろ、後輩できたじゃん」


「そういう言い方されると、急に責任が重い」


「大丈夫。ましろは重く考えるくらいでちょうどいい」


「それ、褒めてる?」


「褒めてる褒めてる」


 みおは笑いながら、自分の席へ戻っていった。


 玲奈さんも斜め前の席に座る。


 予鈴が鳴る直前、玲奈さんがこちらを振り向いた。


 声は出さずに、口だけが動く。


 ――なくならない?


 さっきのことだ。


 玲奈さんの場所は、なくならない。


 それを確認するみたいな口パク。


 わたしは一瞬迷って、それから小さく頷いた。


 声には出さない。


 でも、ちゃんと届いたらしい。


 玲奈さんは、本当に嬉しそうに笑って前を向いた。


 その笑顔を見て、午後の授業の最初の数分は、やっぱり少しだけ頭に入らなかった。


 後輩のカードは、まっすぐすぎて少し眩しい。


 でも、その眩しさのおかげで、わたしも少しだけ、自分の言葉をまっすぐに置けた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ