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わたしの隣、人気者しか座れないはずなのに。――陰キャ女子の平穏は、距離感バグな美少女たちに壊されました  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


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第14話 “誰と帰ったの?”はただの質問じゃない

 昨日、玲奈と本屋に寄った。


 たったそれだけのことなのに、翌朝になっても、その時間はわたしの中に妙に残っていた。


 文庫棚の前で、玲奈がわたしの好きな本を覚えていたこと。

 「ましろの好きなもの、もっと知りたい」と言ったこと。

 わたしが「本屋は楽しかった」とどうにか伝えたら、玲奈がすごく嬉しそうに笑ったこと。


 そして、帰り道で買った本の袋を大事そうに持っていた玲奈の横顔。


 思い出すたびに、胸の奥が落ち着かなくなる。


 別に、何か特別な事件が起きたわけじゃない。

 手をつないだわけでもない。

 告白されたわけでもない。

 ただ、一緒に本屋へ行って、話して、帰っただけ。


 それなのに、わたしは朝から少しだけそわそわしていた。


 教室に入る前、いつもより一秒だけ立ち止まってしまったことにも、自分で気づいていた。


「……普通にする」


 小さく呟いてから、教室の扉を開ける。


 朝の教室はいつも通りだった。

 話し声、椅子を引く音、窓から差し込む光。


 その中で、玲奈はすぐにわたしを見つけた。


「おはよう、ましろ」


 いつもの声。

 いつもの笑顔。


 なのに、昨日の本屋の記憶が重なって、いつもより少しだけ顔を見づらい。


「……おはよう」

「今日、ちょっと遅かった?」

「そう?」

「うん。いつもより二分くらい」

「細かい」

「待ってたから」

「朝からそういうこと言わないで」


 玲奈は楽しそうに笑って、わたしの机の横に来た。


 もう、その位置に玲奈がいることが自然になっている。

 それがこわい。


 こわいのに、来なかったらきっと気になる。


 だからもっとこわい。


「昨日の本、読んだ?」

 玲奈が聞いた。

「少しだけ」

「どうだった?」

「まだ序盤」

「序盤の感想は?」

「なんで毎回途中経過を聞きたがるの」

「ましろがどこで何を思うのか知りたいから」

「……それ、昨日も似たようなこと言ってた」

「うん。昨日も思ったし、今日も思ってる」


 だめだ。


 玲奈は昨日から少しも変わっていない。

 むしろ、昨日の時間をちゃんと持ち越してきている。


 それがわかってしまって、余計に落ち着かない。


「玲奈さんは?」

「わたし?」

「本。読んだの」

「ちょっとだけ読んだ」

「表紙買いのやつ?」

「うん。思ったよりよかった」

「へえ」

「でも途中で、ましろはこういう場面好きかなって考えちゃった」

「なんで」

「考えちゃったから」

「理由になってない」

「なるよ」


 玲奈はごく自然に言う。


 自分が読んでいる本の途中で、わたしのことを考えた。

 そんなことを、普通に言う。


 わたしはそれをどう受け取ればいいのかわからなくて、鞄から教科書を取り出すふりをした。


 けれど玲奈は、そこでふいに声を少し落とした。


「ねえ、ましろ」

「なに」

「昨日、帰ってから誰かに何か言われた?」


 手が止まる。


「……誰かって?」

「たとえば、みおちゃんとか」

「みお?」

「うん。昨日、本屋の帰りに見られてたりしないかなって」

「見られてないと思うけど」

「そっか」


 玲奈はそう言って少しだけ笑った。


 でも、その笑い方はいつもの軽さより少しだけ薄い。


「なんで?」

 わたしが聞くと、玲奈は少しだけ首を傾げた。

「なんとなく」

「なんとなくで聞いたの?」

「うん。昨日、ましろと一緒に帰ったの、誰かに知られてるかなって」

「……別に、知られても困ることじゃ」

「困らない?」

「それは……」


 言い切れなかった。


 困ることではない。

 でも、何も感じないかと言われると違う。


 誰かに「昨日、一ノ瀬さんと本屋にいたよね」と言われたら、たぶんわたしはうまく返せない。

 それはやっぱり、昨日の時間が自分の中でただの寄り道ではなくなっているからだ。


 玲奈はその沈黙を見て、少しだけ目を細めた。


「困らないけど、ちょっと照れる?」

「……言わない」

「言ってるようなものだけど」

「言ってない」

「うん、そういうことにしておく」


 くすっと笑う玲奈に、わたしは小さく息を吐いた。


 朝からすでに疲れる。

 でも、その疲れが嫌ではないから、やっぱり最近のわたしはおかしい。


 午前中は、何事もなく進んだ。


 ……と言いたかった。


 けれど、実際には何事もなくなんてなかった。


 二時間目の休み時間、廊下へ出たところでこはるに捕まった。


「小日向先輩!」


 振り返る前からわかる。

 朝比奈こはるの声は、いつもまっすぐこちらに飛んでくる。


「おはようございます!」

「おはよう」

「昨日、先輩、誰かと帰ってました?」

「……え」


 いきなりだった。


 わたしが固まると、こはるは自分の質問の威力に気づいていない顔で首を傾げる。


「あ、すみません。昨日、放課後に昇降口で先輩を探したんですけど、もういなかったので」

「探したの?」

「はい! ちょっとだけ!」

「ちょっとだけ、って」

「もし会えたら駅まで一緒に帰れたらなって……」

「……」


 その真正面からの言い方に、また返事が詰まる。


 こはるは本当にすごい。

 自分の“会いたかった”を、まっすぐ言葉にしてしまう。


 その素直さが眩しいし、少しだけ危ない。


「昨日は」

 わたしは少し迷ってから言った。

「本屋に寄ってた」

「本屋!」

「うん」

「一人でですか?」

「……」


 なぜそこで詰まるの、わたし。


 ただ「一ノ瀬さんと」と言えばいいだけなのに。

 それだけのことなのに、言う前に一瞬だけ迷ってしまう。


 その迷いを、こはるは見逃さなかった。


「もしかして、一ノ瀬先輩とですか?」

「……うん」

「そうなんですね!」


 こはるはぱっと笑った。


 怒るでもなく、拗ねるでもなく、素直に納得した顔だった。

 けれどその次の瞬間、少しだけ頬を膨らませる。


「いいなあ」

「え?」

「わたしも先輩と本屋行きたいです」

「……それ、そんなにすぐ言う?」

「言います。だって行きたいので」

「まっすぐすぎる」

「だめですか?」

「だめじゃないけど」


 だめじゃない。


 でも、これもまた玲奈に聞かれたらややこしくなる気がする。


 そう思った瞬間、こはるが少しだけ身を乗り出した。


「じゃあ今度、図書室帰りに本屋寄りませんか?」

「えっ」

「もちろん、先輩が嫌じゃなければ!」

「嫌というか、その……」

「一ノ瀬先輩と先約がある日は大丈夫です! わたし、待てます!」


 待てます、って。


 どうして放課後の予定が順番待ちみたいになっているんだろう。


「こはるちゃん」

「はい」

「そんなに、わたしと帰りたいの?」

「はい!」


 即答だった。


 迷いがなさすぎて、逆にこっちが照れる。


「先輩と話すの楽しいので」

「……そっか」

「はい!」


 その笑顔に、強く言い返せるはずがなかった。


 こはるは予鈴が鳴ると、慌てて「また来ます!」と手を振って走っていった。


 “また来ます”なんだ。


 わたしは廊下に一人残されて、思わず小さく呟いた。


「……放課後が混雑してきた」


 自分で言って、少しだけおかしくなった。


 でも、笑いごとではない。


 昼休みになると、今度は玲奈がいつも通りやってきた。


 いや、いつも通りのはずだった。


 けれど、机の前に座った玲奈は、お弁当を開ける前にじっとわたしを見た。


「今日、こはるちゃんと話してた?」

「……見てたの?」

「廊下で少し」

「少し、って便利な言葉だね」

「ましろに言われたくないかも」

「わたし?」

「うん。最近、“途中まで”とか“少しだけ”とか多い」

「それは……」


 言い返せない。


 確かにわたしは最近、いろんなことを曖昧にしている。

 途中まで。

 少しだけ。

 たまたま。

 そういう言葉で、いろんな感情を薄めようとしている。


 けれど玲奈は、そこをちゃんと見てくる。


「こはるちゃん、何て?」

「……昨日、誰と帰ったのかって」

「ふうん」

「あと、本屋行きたいって」

「ましろと?」

「うん」

「そっか」


 玲奈はお弁当の蓋を開けながら、静かに言った。


 別に怒っているわけではない。

 でも、いつもの明るさだけでもない。


 わたしは少しだけ落ち着かなくなって、先に言い訳みたいに続けた。


「まだ約束したわけじゃないよ」

「うん」

「本当に」

「わかってる」

「……」

「でも、こはるちゃんは強いね」

「一ノ瀬さん、前にもそれ言ってた」

「うん。だって本当に強いから」


 玲奈は玉子焼きを一口食べてから、少しだけ視線を落とした。


「ましろに“行きたい”ってまっすぐ言えるの、すごいなって思う」

「玲奈さんも言ってると思うけど」

「わたしはちょっと違う」

「どこが?」

「ましろの反応、見ながら言ってる」

「それは……」

「こはるちゃんは、まず気持ちが先に出る感じ」

「……それは、わかる」


 こはるはまっすぐだ。


 玲奈はやわらかく、でも確実に距離を詰めてくる。


 その違いを、玲奈自身もわかっている。


「でも」

 玲奈がふいに顔を上げる。

「ましろが本屋で楽しかったって言ってくれたのは、わたしの方が先だから」


 危うく箸を落としそうになった。


「……なにそれ」

「ちょっとした自慢」

「誰に」

「こはるちゃんにはまだ言わない」

「言わなくていい」

「みおちゃんにはばれてそう」

「絶対言わないで」

「言わないよ」

 玲奈は笑った。

「わたしだけ覚えておく」


 その言い方が、また心臓に悪い。


 玲奈はわたしの些細な言葉を、本当に大事そうにする。

 それが、うれしい。

 うれしいから困る。


 午後の授業が終わって、放課後になった。


 今日はどうしようか、と鞄を持った瞬間、教室の前方に冬華先輩の姿が見えた。


 生徒会の資料を持っている。


 目が合う。


「小日向さん」

「はい」

「今日はお一人ですか」


 その質問に、また心臓が変な跳ね方をした。


 今日だけで何回目だろう。


 誰と帰ったのか。

 誰と帰るのか。

 一人なのか。


 みんながそれを聞いてくる。


 ただの予定確認のような顔をして、でもその奥に何かしらの意味を持たせながら。


「まだ、決めてなくて」

「そうですか」

 冬華先輩は静かにうなずく。

「少し、委員会資料の確認があります。時間があれば」

「えっと……」

「無理にとは言いません」


 そう言われると、余計に断りづらい。


 冬華先輩は玲奈やこはると違って、強く押してくるわけではない。

 でもその静けさが、別の意味で逃げ道をなくす。


 そこへ、背後から玲奈の声がした。


「ましろ」


 振り返ると、玲奈が鞄を持って立っていた。


 その表情は笑っている。

 笑っているけれど、今日のわたしにはもうわかる。


 これは、少しだけ拗ねている顔だ。


「今日、一緒に帰れる?」

「……」

「それとも、副会長と用事?」


 冬華先輩は玲奈を見た。

 玲奈も冬華先輩を見る。


 一瞬だけ、空気が静かになる。


 こわい。


 ものすごくこわい、というほどではない。

 でも、甘いラブコメみたいな空気が、ほんの少しだけ緊張を帯びる。


「資料の確認だけです」

 冬華先輩が静かに言った。

「それならすぐ終わるんですね」

 玲奈も笑顔で返す。

「内容次第です」

「そっか」


 やめてほしい。


 わたしを挟まず、わたしの予定について会話しないでほしい。


 結局、資料確認は本当に短く終わった。


 冬華先輩は「また必要があれば」とだけ言い、深く引き止めることはなかった。

 でも、その“また”が妙に残る。


 教室を出ると、玲奈が廊下で待っていた。


「……待ってたの?」

「うん」

「また」

「待つの、嫌いじゃないし」

「そういう言い方」

「ましろを待つのは、ね」


 今日は本当に心臓に悪い日だ。


 二人で昇降口へ向かう。


 けれど、今度はスマホが震えた。


 画面を見ると、みおからだった。


最近の放課後、賑やかそうじゃん。今日は誰と帰るの?


 わたしは立ち止まりそうになった。


 玲奈が横からのぞきこむ。


「みおちゃん?」

「……うん」

「なんて?」

「なんでもない」

「ほんと?」

「ほんとじゃないけど、今は読まなくていい」

「そっか」


 玲奈はそれ以上追及しなかった。


 でも、少ししてからぽつりと言った。


「ましろって、思ったより人気者だね」

「人気者なのは玲奈さんでしょ」

「ううん」

 玲奈は首を横に振る。

「最近は、ましろの方」


 そんなことない。


 そう言おうとして、言えなかった。


 だって確かに、最近のわたしの周りはおかしい。


 玲奈がいて。

 こはるがいて。

 冬華先輩がいて。

 みおがいて。


 みんなが、わたしの放課後に少しずつ意味を持ち始めている。


 誰と帰るのか。

 誰と寄り道するのか。

 誰がわたしの隣にいるのか。


 それはもう、ただの予定ではなくなっていた。


「……別に、人気とかじゃないよ」

 わたしは小さく言った。

「じゃあ何?」

「わからない」

「そっか」

「でも」

「うん」

「玲奈さんと本屋行ったのは、楽しかったよ」


 言った瞬間、自分でも驚いた。


 なんで今それを言ったんだろう。


 でも、たぶん言いたかった。


 今日一日、いろんな人に「誰と帰ったの」と聞かれて、そのたびに昨日の本屋のことが頭に浮かんだ。

 だから、改めて伝えておきたかったのかもしれない。


 あれは、ちゃんと楽しかったのだと。


 玲奈は一瞬だけ黙った。


 そして、ほんとうに嬉しそうに笑った。


「……うん」

「なに」

「今の、今日は一番うれしいかも」

「大げさ」

「大げさじゃないよ」

「……」

「じゃあ今日は、このまま帰ろ」

「寄り道しないの?」

「しない」

「珍しい」

「今日は、その言葉だけで十分」


 そういうところが、ずるい。


 わたしは顔を逸らしながら、小さく言った。


「玲奈さんって、時々すごくずるい」

「時々?」

「……かなり」

「そっか。じゃあ気をつける」

「たぶん気をつけないでしょ」

「うん、たぶん」


 玲奈は笑う。


 夕方の昇降口を出て、二人で並んで歩き出す。


 今日の放課後は、いろんな人の質問でいっぱいだった。


 誰と帰ったの?

 今日は一人ですか?

 今日は誰と帰るの?


 ただの質問のはずなのに、そのたびにわたしの中の何かが揺れた。


 そして、揺れたあとで、いちばん強く残っていたのは――やっぱり玲奈と歩いた昨日の本屋の記憶だった。


 それが何を意味するのかは、まだわからない。


 でも少なくとも、わたしはもう、玲奈との放課後を“ただの寄り道”とは思えなくなっている。

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