表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
わたしの隣、人気者しか座れないはずなのに。――陰キャ女子の平穏は、距離感バグな美少女たちに壊されました  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/35

第12話 幼なじみは、“途中まで一緒”の意味を知っている

 放課後に誰かと一緒に帰る。


 そのこと自体は、たぶんそんなに特別なことじゃない。


 クラスメイト同士なら普通にある。部活の仲間同士でもある。駅までの道が同じなら自然に並ぶこともあるだろうし、途中のコンビニに寄るくらい、世間一般の高校生にとっては大きな出来事でもないはずだ。


 けれど、わたしにとっては違った。


 少なくとも、少し前までのわたしにとっては。


 学校が終わったら、そのまま帰る。

 たまに図書室に寄る。

 誰かと一緒になるとしても、それはたまたまで、深い意味なんてない。


 そのはずだった。


 なのに最近は、放課後が近づくたびに、少しだけ落ち着かなくなる。


 今日は玲奈が来るのか。

 こはるに会うのか。

 冬華先輩が図書室にいるのか。

 それとも、何も起こらず一人で帰れるのか。


 そんなことを、授業中のノートの端でぼんやり考えてしまう時点で、もうだいぶ平穏から遠ざかっている。


 そして、その変化にいちばん気づきそうな人物がいるとすれば――。


「まーしろ」


 放課後の昇降口で、聞き慣れた声がした。


 靴箱の前でローファーに履き替えていたわたしは、思わず手を止める。


 この声は、聞く前から嫌な予感がする。


 というか、聞いた瞬間に「あ、逃げられない」とわかる。


 顔を上げると、そこには藤咲みおがいた。


 片手をひらひら振って、いつものように少しだけ楽しそうな顔をしている。

 わたしの幼なじみ。

 わたしの昔を知っていて、わたしの反応を面白がって、でもたぶん誰よりも先に変化に気づく厄介な相手。


「……なに」

「第一声がそれ?」

「みおがその顔で待ってるときは、大体ろくなことじゃないから」

「ひどいなあ。今日は普通に一緒に帰ろうと思っただけなのに」

「ほんとに?」

「半分くらい」

「ほら」

「でも半分はほんと」


 みおは悪びれもせず笑った。


 その軽さがもう怪しい。


「今日は玲奈ちゃんいないの?」

「玲奈ちゃんって呼ぶんだ」

「だって一ノ瀬さんって呼ぶと距離あるじゃん」

「距離を詰める必要ある?」

「あるでしょ。ましろの最近の重要人物だし」

「……重要人物って」


 言い返そうとしたけれど、思ったよりうまく言葉が出なかった。


 みおはその沈黙を見逃さない。


「今、否定遅かった」

「うるさい」

「はいはい」


 みおは楽しそうに笑って、わたしの横に並ぶ。


「で? 今日はその重要人物と帰らなくていいの?」

「玲奈は先生に呼ばれてた」

「ふうん」

「なに」

「いや、ちゃんと把握してるんだなって」

「たまたま聞いただけ」

「たまたまねえ」


 その言い方が、完全に信じていない。


 わたしは鞄を持ち直して、先に昇降口を出た。


 夕方の空は、薄いオレンジ色に染まり始めていた。

 春の風がやわらかい。校庭ではまだ部活の声が響いていて、昇降口の前には帰る生徒たちの流れがある。


 みおは当たり前のように隣へ並んだ。


 この距離は昔から変わらない。


 小学生の頃も、中学生の頃も、みおはよくこうしてわたしの横を歩いていた。

 わたしが無口でも気にしないし、みおが勝手に喋っていてもこちらはあまり気を遣わなくていい。


 それは、玲奈やこはる、冬華先輩とは違う種類の距離だった。


 気楽で、油断できて、だからこそ厄介。


「久しぶりだね、こうやって帰るの」

 みおが言った。

「そう?」

「最近は人気者さんに取られてたし」

「取られてない」

「じゃあ、予約されてた?」

「もっと違う」

「でも実際、一緒に帰ってるでしょ」

「……何回かは」

「何回か、ね」


 みおは軽く笑う。


 この人は本当に、言葉の端を拾うのがうまい。


 玲奈の“見てるから”とは違う。

 こはるの“まっすぐさ”とも違う。

 みおは、昔から知っている情報を土台にして、今のわたしを見てくる。


 だから逃げづらい。


「ましろさ」

「なに」

「昔、帰り道でよく寄り道したの覚えてる?」

「……急に?」

「ほら、小学校のころ。あそこの駄菓子屋」

「ああ」

「ましろ、いつも何買うか迷ってたよね」

「みおが急かすからでしょ」

「だって長いんだもん。十円ガム一個選ぶのに五分かける人初めて見た」

「そんなにかけてない」

「かけてた」

「……たぶん、三分くらい」

「ほら、長い」


 思わず少し笑ってしまった。


 小学生の頃、学校帰りに二人で寄り道していた小さな駄菓子屋。

 今はもう閉まってしまったけれど、色のついたガムや小さなラムネ、くじ付きのお菓子が並んでいた光景はまだ少し覚えている。


 みおはいつも迷わず買う。

 わたしはいつも迷う。

 それを見て、みおが「また?」と笑う。


 あの頃から、あまり変わっていないのかもしれない。


「でも、結局ましろってさ」

「うん」

「選ぶの遅いくせに、一回気に入るとずっと同じの買うんだよね」

「そうだった?」

「そうだったよ。途中からずっといちごのラムネだった」

「……そういえば」

「今もそうなんじゃない?」

「何が」

「一回“ここがいい”って思ったら、けっこうそこに戻るタイプ」


 その言葉に、少しだけ胸が引っかかった。


 みおは前を向いたまま、続ける。


「最近の放課後もさ」

「……」

「誰と帰るか、けっこう気にしてるでしょ」

「そんなこと」

「あるよ」


 即答だった。


 わたしが反論する前に、みおは横目でこちらを見る。


「玲奈ちゃんと帰った日は、ちょっと顔が違う」

「……違わない」

「違う」

「どこが」

「なんか、疲れてるけど満足そう」

「何それ」

「あと、こはるちゃんと話した日は、困った顔してるけどちょっと嬉しそう」

「なんで知ってるの」

「噂と顔」

「顔って便利に使われすぎじゃない?」

「ましろの顔がわかりやすいんだよ」


 そんなにわかりやすいのだろうか。


 玲奈にも同じようなことを言われるし、冬華先輩にも見抜かれるし、こはるはこはるで真っ直ぐ見てくる。


 もしかすると、自分で思っているほど、わたしは感情を隠すのが上手くないのかもしれない。


 それはそれで、かなり困る。


「冬華先輩とは?」

 みおがさらっと言った。

「……なんで知ってるの」

「生徒会副会長でしょ? 有名人じゃん」

「そういう意味じゃなくて」

「図書室で一緒だったって聞いた」

「誰から」

「さて」

「みお」

「怒んない怒んない。別に悪い噂じゃないよ。副会長が小日向さんと一緒にいた、くらい」

「それでも十分落ち着かない」

「まあね」


 みおはあっさり認めた。


「でも、あの人もましろのこと見てるんだね」

「……そうかな」

「見てるでしょ。じゃなきゃ、静かな場所に都合よく現れたりしないって」

「たまたまだと思うけど」

「ましろって、そういうとこ律儀に“たまたま”って思おうとするよね」

「違うの?」

「違うかどうかは知らないけど、少なくとも相手が意味を持たせてたら、たまたまじゃなくなるんじゃない?」


 意味を持たせていたら。


 その言葉が、妙に耳に残った。


 冬華先輩の静かな声を思い出す。


 たまには、こういう帰り道も悪くないでしょう。


 あの言葉には、確かに何かがあった気がする。

 でも、それを何と呼べばいいのかはまだわからない。


「……最近、みんな難しい」

 思わずそう呟くと、みおが吹き出した。

「それ、すごくましろっぽい」

「笑うところじゃない」

「いや、ごめん。でもさ、難しいのはみんなじゃなくて、ましろが考え始めたからじゃない?」

「わたしが?」

「そう」


 みおは歩道の端を歩きながら、続けた。


「前のましろなら、たぶん“困る”で終わってた」

「……」

「玲奈ちゃんに距離詰められても、こはるちゃんに懐かれても、副会長に意味深なこと言われても、“困るなあ”で蓋してたと思う」

「今も困ってる」

「うん。でも今は、困ってるだけじゃないでしょ」


 言い返せなかった。


 その通りだからだ。


 困っている。

 落ち着かない。

 平穏から遠ざかっている。


 でも、それだけではない。


 玲奈が来ない朝は、少し拍子抜けする。

 こはるにまっすぐ喜ばれると、困りながらも少し嬉しい。

 冬華先輩の静かな言葉は、あとからじわじわ残る。

 みおにからかわれるのは面倒だけど、少し安心する。


 全部、困る。


 でも全部、嫌じゃない。


 そのことに気づき始めている。


「……みおって」

「うん?」

「昔からそういうとこあるよね」

「どういうとこ?」

「人が考えないようにしてること、普通に言う」

「幼なじみの特権」

「迷惑な特権」

「でも助かってるでしょ」

「それは言いたくない」

「じゃあ助かってるんだ」


 みおは嬉しそうに笑った。


 悔しい。


 この人は本当に、昔からこうだ。


 住宅街へ向かう道に差しかかると、学校帰りの生徒は少し減ってきた。

 夕方の光が低く伸びて、歩道の影が長くなる。


 みおはふと、声を少しだけやわらかくした。


「でも、ましろ」

「なに」

「自分が誰を一番気にしてるかは、ちゃんと見た方がいいよ」

「……またそれ」

「前にも言ったっけ?」

「言った」

「じゃあ大事なんだよ」


 みおは笑っているけれど、その言葉には少しだけ本気が混じっていた。


「誰を一番って、そんなの」

「今すぐ決めろって話じゃないよ」

「じゃあ」

「ただ、気づかないふりし続けると、そのうち自分が一番困るって話」

「……」

「ましろって、自分のことになると遅いから」

「それも前に言った」

「何回でも言う」


 玲奈もよく似たようなことを言う。


 “やめない”とか、“何回でも”とか。


 どうしてわたしの周りには、押しの強い人ばかり集まるのだろう。


 そう考えた瞬間、みおがにやっと笑った。


「今、玲奈ちゃんのこと考えたでしょ」

「考えてない」

「はい、早い否定」

「みお!」

「いやあ、わかりやすい」


 ほんとうにやめてほしい。


 わたしは視線を逸らして、歩道の植え込みを見る。

 小さな花が咲いていた。名前は知らない。


 少しの間、二人で黙って歩いた。


 その沈黙は、玲奈との沈黙とも、冬華先輩との沈黙とも違う。

 昔から知っている相手だからこそ、言葉がなくても埋まる沈黙だった。


 ふと、みおが言う。


「今のところ一番強いの、たぶんあの子だよ」

「……誰の話」

「さあ?」

「みお」

「でも、ましろもわかってるんじゃない?」


 答えなかった。


 けれど、胸の中では勝手に一人の顔が浮かんでしまっていた。


 明るく笑う顔。

 机の横に立って、おはようと呼ぶ声。

 雨の日の傘の下で、少し静かになった横顔。

 そして、放課後に当然みたいに隣へ来る姿。


 玲奈。


 名前を心の中で思っただけで、少しだけ落ち着かなくなる。


 それを認めたくなくて、わたしは何も言わないまま歩き続けた。


 みおはそれ以上追及しなかった。


 意外だった。


 いつものみおなら、もっとからかってくると思ったのに。


 しばらくして、分かれ道に着く。


 ここでみおとは方向が分かれる。昔から何度も通った道だ。

 小学生の頃も、中学生の頃も、ここで「また明日」と言って別れた。


 みおは立ち止まり、こちらを見た。


「じゃ、またね」

「うん」

「たまには幼なじみも優先してよ」

「……気が向いたら」

「気が向かせに行くから」

「来なくていい」

「行く」


 やっぱり押しが強い。


 みおは笑って、数歩歩き出してから、ふいに振り返った。


「ましろ」

「なに?」

「今のところ一番強い子のこと、ちゃんと見てあげなよ」


 それだけ言って、みおは手を振って去っていった。


 夕方の道に、わたしだけが残される。


 わたしはしばらくその場で立ち尽くしてから、小さく息を吐いた。


「……ちゃんと見てるよ」


 誰に言うでもなく、そう呟いた。


 でもすぐに、自分で自分の言葉に引っかかる。


 見ている。


 そう、たぶん見ている。


 玲奈のことを、前よりずっと見ている。

 玲奈が笑っているか。

 少し拗ねているか。

 何かを軽く言いながら、本当はどこまで本気なのか。


 そんなことを、考えるようになっている。


 それはもう、ただのクラスメイトへの視線ではないのかもしれない。


 そう思った瞬間、胸の奥がまた落ち着かなくなった。


 スマホが震えた。


 画面を見る。


 玲奈からだった。


今日はみおちゃんと帰ったんだって?


 どうして知っているの。


 そう返信しようとして、指が止まる。


 次のメッセージが続く。


ちょっとだけ、うらやましいかも。


 その文字を見た瞬間、夕方の風が頬を撫でた。


 わたしはしばらく画面を見つめて、ゆっくり返信を打つ。


途中までだけだよ。


 送信してから、すぐに後悔した。


 言い訳みたいだ。


 でも、送ってしまったものは仕方ない。


 数秒後、玲奈から返事が来た。


じゃあ、明日はわたしも途中まで。


 わたしはスマホを握ったまま、少しだけ笑ってしまった。


 やっぱり、玲奈はずるい。


 そしてたぶん、わたしはもう、そのずるさを少し待ってしまっている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ