彼女の変化
「上城さん、お恥ずかしいところをお見せしてすいません」
気まずい沈黙を破ったのは結衣の母親だった。
「いぇ、私は見ているだけで何も出来ませんでした。それでも幾つかわかったことはありました」
「わかったこと? 何ですか?」
「正志くんは、お姉ちゃんの結衣が大好きだってことです」
「そんな訳ありませんよ。前までは好きだったと思いますけど、今は嫌っているみたいです」
「そうではありません。正志くんは大好きだったお姉ちゃんが、感情をなくしてしまい悲しんでいると思います。未だにその現実を受け入れることが出来ないでいるようです。それに私と結衣が旅行から帰って来るのを首を長くして待っていたのはお母さんだけではなかったようです。私達の帰りをずっと待っていた人物がもう1人いたんです」
私は天井を見上げてそう言った。
「もしかして正志が?」
「そのようです」
「どうしてそんなことがわかるんですか?」
「靴ですよ。私たちが玄関から家に入った時、いつもあるはずの正志くんの靴がありませんでした。それに、この家の近くの曲がり角で人影を見ました。たぶん正志くんだったと思います」
「そんな――」
「私たちが家に上がった時、靴は3足しかありませんでした。でも今は、4足になっているはずです。私たちが帰って来たのがわかって慌てて戻って来たようですから」
「ちょっと見てきます」
結衣の母親は玄関に靴が何足あるかを確かめに行った。
「4足ありました。確かに、上城さんたちが帰って来た時に靴を揃えましたけど、3足しかありませんでした」
「正志くんは結衣を待っていたんですよ」
「――――」
結衣の母親は、信じられないというような驚きの表情をしていた。2人でそんな話をしていると、結衣は突然立ち上がり、廊下へ出て行った。そして階段の下まで行くと立ち止まり、上を見上げていた。
ドドドドドドド―――
どうやら正志くんが階段を下りてきたようだ。 「ねっ、姉ちゃん――」
「――――」
「さっきはゴメン――」
正志くんは結衣にしか聞こえないような声で〝ボソッ〟と何かを呟いていた。そしてそのまま家を出て行った。
「正志はいつも結衣に面倒を見てもらっていました。小学生の時なんかは、正志が近所の悪ガキに公園でイジメられているって聞いたら、野球のバットを持って家を飛び出して行ったもんですよ。正志は気が弱いから、いつも悪ガキから結衣に守ってもらってました。中学・高校生の時は、私が仕事で夜遅くにならないと帰って来られないので、夕飯の支度から片付け、洗濯は結衣がやってくれていました。それに勉強の出来ない正志の宿題やテスト勉強も見てくれていました。正志にとって結衣は母親代わりであり、大好きなお姉ちゃんだったんです」
「そうでしたか――。それなら尚更、今の結衣の現状を受け入れたくないはずです。それに、正志くんは大好きなお姉ちゃんに何もしてあげられない自分が情けなくて悔しくて、やり切れない気持ちでイッパイのようです。それは結衣も同じようですけど。結衣もまた、こんな体になってしまったことで、今までのように正志くんの面倒を見てあげられなくなってしまい申し訳ない気持ちでイッパイのようです。それに大好きな正志くんに、こんな姿を見せたくない。そう思っているみたいです」




