彼女の変化
「すいません。私の連れなんですけど、道路に飛び出したんでしょうか?」
「違いますよ。この女の方が歩いていたら、物凄いスピードで車が走ってきたのよ。車にぶつかりはしなかったけど、急ブレーキの音にビックリして転んじゃったのよ」
「そうだったんですか――」
「車はこの方が倒れているのもお構いなしに走り去って行ったんじゃ。酷い輩がいたもんじゃな」
結衣を抱き起こそうとしている私に老夫婦が、そう教えてくれた。そして改めて結衣を見てみると肘と膝を擦りむいて血が滲んでいた。
「すいません、お世話になりました」
「気を付けなされ」
「はい、ありがとうございます」
私が頭を下げると老夫婦は、ホテルに向けて歩き出した。
「結衣、ダメじゃないですか! ロビーで待つように言ったのに、1人で外に出て来てしまうなんて」
「――――」
私が強い口調でそう言うと、感情のない結衣が私を睨みつけるように私をジッと見ていた。まるで怒っているように感じられた。
「とっ、とにかく無事で良かった。医務室に行って治療してもらいましょう」
私は結衣の服についた砂を手で払い落とし、そして手を繋いだ。
あっ!?
手を握ってようやく、結衣が私を追いかけて来たことの意味がわかった。わかった途端、結衣を抱きしめずにはいられなくなった。
「結衣、あなたは私を1人にさせないために私を追いかけて来たんですね? 車から降りた時に私が言った約束を守ってくれたんですね?」
「――――」
「結衣、ありがとうございます。あなたは本当に優しい人です。それなのに私はあなたを叱ってしまいました。本当にすいません」
「――――」
嬉しくて涙を流さずにはいられなかった。それからホテルの医務室で傷口の消毒をしてもらったあと、部屋に入って荷物を置いた。
それから、私たちはホテルを出ると、近くにある新鮮な海の幸が食べられるという食堂にやって来た。私は、海鮮丼を2つと天ぷらの盛合せを注文した。どちらもこの店のお勧めの一品らしい。5分くらいすると料理が運ばれてきた。
「いただきます」
「――――」
「さぁ、食べましょう」
私は、醤油を結衣と自分の海鮮丼にかけ、わさびを自分のものだけにのせた。すると結衣は私と同じように、わさびの入った小さな瓶を手に取ると、大量のわさびをのせようとした。
「結衣、ダメですよ! あなたは、わさびが苦手なんですから!」
私の言葉に耳を貸すことなく、わさびをのせてしまった。
「あぁ」
すると結衣は躊躇することなく料理を口に頬張った。
「ゴホッ――ゴホッ――」
結衣はしばらくの間、咳き込んでいた。
「だから言ったじゃないですか」
私は結衣の咳が治まるまで背中をさすってあげていた。ふと結衣を見ると、無表情のまま涙を流していた。
「これを飲んで下さい」
結衣にコップの水を手渡すと、一気に飲み干してしまった。そしてそれだけでは物足りず、私の目の前にあるコップを手に取ると、それも一気に飲み干してしまった。
「そうしたら、私の海鮮丼を食べて下さい。わさびは取っておいたので大丈夫ですよ」
私の海鮮丼を受け取った結衣は、何も言わず黙々と食べ始めた。私も交換した結衣のものを口に入れた。
「ゴホッ――ゴホッ――」
鼻がツーンとしたと思ったら、今度は咳き込んでしまい、止まらなくなった。
「ゴホッ――こんなにわさびを入れ――ゴホッ――る人がいま――ゴホッゴホッ――」
「――――」
結衣に目を向けると、箸を止めて私を見ていた。
「結衣が悪いんでっ――ゴホッ――からね」
再び結衣を見ると、何事もなかったかのように平然と食べ進めていた。




