新たな関係
「結衣――」
私を見ている結衣の視線にドキッとした。私は右手で結衣の左頬に優しく触れた。そして気付くと結衣の唇に引き寄せられるように顔を近付けていた。
はっ!?
「すっ、すいません。そんなつもりじゃ――」
「――――」
一応は恋人どうしな訳だし、キスをしても問題はない。でも私と結衣が、こうして一緒にいるのは私が望んだことであって、結衣自身が望んで一緒にいる訳ではない。また、今は付き合っているとは言っても、私が一方的に好きなだけで、付き合っていると言えるかどうかもわからない。過去に付き合っていたというだけで、今も恋人気取りでいるのだとしたら、それは私の独りよがりに過ぎない。
「結衣、もし私がこの先、あなたにキスをしようとしたなら、顔を思い切り叩いて下さい」
「――――」
「それと私からの提案ですけど、以前2人で約束をした場所に少しずつ行ってみましょう。また、生きているうちに世界各国を観て回りましょう。世界遺産や世界の絶景なんていうのもいいですね。そこで観た景色をあなたの目に焼きつけてもらって、将来絵を描くのに役立ててもらえたらと思っています」
「――――」
仕事を終え、帰り支度をしていると槇村先生からメールが届いた。
《お疲れさま。たまには2人きりで飲みに行かない? っていうか居酒屋の大河で待ってて!》
先生は相変わらず誘うというより強制的だった。とは言え私は、上司からの誘いにもかかわらず半分以上は断っていたのだが。でも今日は、せっかくのいい機会なので誘いにのることにした。
《了解しました。先に行って待っています》
それから私は、何食わぬ顔で職場をあとにしようとした。なぜなら尾崎さんがいつも目を光らせていたからだ。
「先輩、どこか行くんですか?」
早速、来ましたね。
「尾崎さん、何のことですか?」
「何か警戒していませんでした?」
「私がですか?」
「そうですよ、先輩ですよ」
「警戒なんてしていませんし、どこにも行きませんよ」
「先輩、嘘ついてますよね?」
「嘘なんてついていませんよ。そんな必要など、私にはありませんから」
プロの観察眼と女の直感を併せ持つ尾崎さんと、これ以上話しているのは危険だと感じた。
「だったら私とどこか行きましょうよ?」
「今日はちょっと――」
「女ですか?」
「そういうことではなくて――」
「先輩、彼女出来ました?」
尾崎さんには私と結衣が付き合っていることは話していなかった。もちろん職場の誰にも。槇村先生以外は誰も知らなかった。でも、話すべきだと思った。
「実はわたしにっ――」
「すっ、すいません。よく考えたら先輩に彼女なんているはずないですよね? つまらないことを聞いてスイマセンでした!」
尾崎さんは、少しばかり悲しそうな顔をしていた。
「あの、尾崎さん、わたっ――」
「もういいです!」
尾崎さんが苛ついているのが、ヒシヒシと伝わってきた。
「そうですか――。それじゃあ、また今度食事にでも行きましょう」
「無理に誘ってくれなくていいですよ~だ」
「無理にだなんて――そんなんじゃありませんよ」
「じゃあ、どういうつもりで誘ってるんですか?」
「どういうつもりって――」
「私を女として誘ってるんですか? それとも仕事仲間としてですか?」
「――――」
尾崎さんは、目に涙を溜めて私に突っかかってきた。何だこの感じ――。嫌いじゃない。すごく懐かしい。昔にも感じたことのあるこの感覚――。




