新たな関係
事故に遭ってから2ヶ月が経った。私が仕事に復帰したその日から、結衣は母親に公園まで車で送ってきてもらっていた。しかも私の昼休憩の1時間前に来て、リハビリのために運動や散歩をしていた。また、私と結衣が昼ご飯を食べ始めると、母親は一旦どこかに姿を消し、私の昼休憩の終わる頃に再び姿を現した。本当に有り難かった。2人きりになった私と結衣は、以前のようにお喋りをしながら昼食をとるのではなく、私の一方通行の会話が永遠に続いた。その間、結衣は私がコンビニで買ってきたおむすびやパンを、ひたすら口に頬張って食べていた。
感情をなくした結衣だが、お腹が空けば食事はするし、用を足したくなればトイレに行く。但し、結衣1人では何も出来なかった。母親がいなければ、今は1人では生きて行けなかった。まず問題となったのは、結衣は言葉を殆んど発しないので、お腹が空いているのか、喉が渇いているのか、トイレに行きたいのか、何をしたいのかが全くわからないということだった。そこで初めに、母親は結衣に時計の見方を事細かく教え込んでいった。次に食事の時間の午前7時と午後7時に時計のアラームをセットして、時間になるとキッチンのイスに座るようにしていった。すると次第に、アラームが鳴らなくても、自分で時計を見て自主的に行動するようになっていった。また、トイレ対策ではキッチンタイマーを2時間おきにセットし、アラーム音で自発的にトイレに行かせることに成功した。それでも、体調が悪い時などはトイレに間に合わず漏らしてしまうこともあった。だから普段は紙おむつを履かせていた。この他にも日常生活でする簡単なものは一通り教えていき、普段の生活に支障が出ないようにしていった。その甲斐あって、3ヵ月が経とうとしていた頃には、母親が指示をすればある程度は1人で出来るようになっていた。感情がないのに、普通に日常生活を送れるというのは奇跡に近かった。だからと言って結衣を1人にしておける訳はなく、必ず誰かが傍にいてあげなければ生きて行くことなど無理だった。
今日も、昼になると私たちは公園のベンチに座り、コンビニで買ったおむすびとパンを食べていた。気温は暖かいと言うよりも汗ばむぐらいだった。あと数週間も経てば、梅雨に入り天候が不安定になるので、公園で食事をするのは難しくなるだろう。そうなる前に、2人でいられる場所を探しておかなければならない。
「結衣、あなたは絵を描くのが大好きだったんですよ。将来の夢はプロの画家になって個展を開くこと。私は結衣が過去に描いた絵を沢山見てきましたし、あなたが絵を描くのを傍で見てきました。私は素人ですが、結衣の絵の才能というか天才的な素質を肌で感じました。それは結衣の絵を一目見ればわかります。結衣の絵には人を惹きつける魅力があるんです。感動を与えるし、心を癒してくれるんです。多少は色眼鏡で見ているかもしれませんが、それを差し引いても、私の見解は正しいと思います。結衣、必ず夢は叶えられます。夢を諦めないで下さい!」
「――――」
私が語りかけている間、結衣は私から目を離さなかった。頭で理解出来なくてもいい。心で感じて欲しい。




