たとえ君が
結衣の母親は、夫を20年前に亡くしてからは女手1つで結衣と結衣の弟を育ててきた。そして一生懸命に働いて結衣を大学まで行かせた。私では想像出来ないくらい、苦労をしてきたはずなのに、それを感じさせないくらい、にこやかで物腰が柔らかかった。それに50歳代とは思えないくらい、笑顔がとても可愛らしく素敵だった。その笑顔は、見ているだけで心が穏やかになり癒された。そう――まるで結衣の笑顔を見ているようだった。
「どうぞこちらの部屋に」
母親のうしろをついて行くと、居間に通された。
「よければ結衣の隣に座ってあげて下さい」
「はい」
あっ!?
中に入ると、テレビから2mくらい離れた位置で正座をしてテレビを見ている結衣の姿があった。
「結衣っ!?」
私は気付くと、うしろから結衣を抱きしめていた。結衣のいつもの甘い香りと感触を体で感じた。それは、事故の前と何も変わっていなかった。結衣に会えたこと、無事でいてくれたことが嬉しくて涙が溢れてきた。私の涙は結衣の洋服を濡らし、首筋をつたって流れ落ちた。
「――――」
「結衣――良かった。生きていてくれて本当に良かった」
私は結衣の正面に回り込むと、再び抱きしめた。「――――」
「結衣、私です。真一です。わかりませんか?」「――――」
私が話しかけると、結衣は私の方に少しだけ顔を向けたが、また直ぐに元に戻ってしまった。結衣の視線の先に私は写り込んでいたはずだが、何の反応も示さなかった。やはり、佐久間さんの言うとおり、感情を失ってしまった結衣には私のことなどわかるはずもなかった。
「上城さんだけじゃないんですよ。私たち家族も含めて誰一人憶えている人はいないんです」
「先程、話しかけたら私を見ました。あれは?」
「人の声や物音、動物の鳴き声などに反応するんです」
テーブルにお茶とお茶菓子を並べている母親が、結衣を見つめている私に横から教えてくれた。
「なるほど――。それよりも挨拶が遅くなってしまい申し訳ありませんでした。私は、結衣さんと数ヵ月前からお付き合いさせて頂いております、上城真一と申します」
「結衣からいつも上城さんの話しは聞かされていました。精神科医の先生をされているとか?」
「はい」
「公園で絵を描いていたら、上城さんにナンパをされて、それで付き合うようになったとか?」
「えっ!? あっ、そっ、そうです」
「クスクス」
すると結衣の母親は私の顔を見ながらなぜか笑っていた。
「あの子から声をかけたのはわかっていますよ。それにしても上城さんて、結衣の言うとおり超がつく程真面目な方なんですね」
「はぁ――」
「実はですね、意外かもしれませんけど結衣から若い男性に声をかけるなんて滅多にないんですよ」
「そうなんですか?」
「きっと上城さんを一目見て、真面目で誠実で優しい人だと見極めたんだと思います。そうじゃなきゃ、あんな内気で恥ずかしがり屋のあの子が男性に声をかけるなんてあり得ませんから――」




