たとえ君が
「結衣は元気なんですか? 怪我をしたり、どこか体に異常はありませんか?」
「命にかかわる大きな怪我はしていなかったわ。でも――」
「〝でも〟何ですか?」
「真一――もう、結衣さんには会わない方がいいわ!」
そう言い終えたあと、母は目頭を押さえながら窓際まで歩いて行った。
「何言ってるんですか!〝結衣に会わない方がいい〟って、どういう意味ですか?」
「――――」
「今から会いに行ってきます。結衣の病室は何号室ですか?」
「もうこの病院にはいないわ。検査のために他の病院に移ったの」
「他の病院? 大きな怪我はしていないって言ったじゃないですか! 一体どういうことなんですか?」
「真一――」
母の顔が急に険しくなった。
トントンッ――
ドアをノックする音が聞こえたのでゆっくり首を向けると、そこには佐久間さんが立っていた。
「佐久間さん、どうしてここに?」
「ここは俺が勤めている大学病院だ」
「そうでしたか」
「佐久間くん、色々お世話になりました」
母は佐久間さんに向かって深々と頭を下げていた。
「お母さん、頭を上げて下さい。俺は親友として出来るだけのことをしただけです。気にしないで下さい」
「本当にありがとうございました」
「いいえ」
母にお礼を言われている佐久間さんの表情は、かなり強張っていた。彼も私と同じで人から感謝されたりするのが苦手だった。
それから母は私と佐久間さんを残して、足早に病室を出て行った。
「佐久間さん、結衣のことなんですけど――」
「上城、覚悟して聞いてくれ。結衣ちゃんは体のあちこちに軽い怪我はしたものの特に異常は見られなかった。ただ、頭部を強く打ち付けたせいで、脳の一部を損傷してしまった」
「何か後遺症が残ってしまったんですか?」
「あぁ。でも、人体にはどこにも後遺症はない。但し介護する人間が必要になるのは間違いないけどな」
「そうですか。ちょ、ちょっと待って下さい。それなら後遺症というのは一体?」
「感情を全て失った」
「どういうことですか?」
「つまりもう2度と笑うことも、泣くことも、怒ることも、喜ぶこともないということだ」
「感情を司る脳の1部である大脳辺緑系が損傷してしまったということですか?」
「さすがだな。その通りだよ」
「まさか、そんな――」
私は全身の力が一気に抜けて、上半身を起こしているのさえツラくなった。
「とても残念だよ」
佐久間さんは私の肩に手をのせると、小さく揺さぶっていた。
「きっ、記憶はどうなんですか?」
「何を聞いても無反応だった。たぶん記憶も全て失ってしまったようだ」
「私を見れば、何か反応を示すかもしれない」
「悪いけど変な期待はしない方がいい。結衣ちゃんと何十年と一緒に生活を共にしてきた母親と弟が話しかけても、何の反応もなかったんだ。たかだか数ヵ月付き合っていただけのお前に反応を示すとはとても思えない」
「――――」
佐久間さんのおっしゃることはもっともで、反論する余地など1つもなかった。
「わかったなら、もう結衣ちゃんには会わないことだ。お母さんにも同じことを言われただろう?」
「えぇ」
母が〝もう、結衣さんには会わない方がいい〟と言った意味がようやく理解できた。




