彼女との距離
――日曜日、私は気付くと病院周辺の公園や彼女が絵を描きそうな場所をしらみ潰しに探していた。でも彼女はどこにも見当たらなかった。
3月も中旬になり、30分も歩き回っているだけでも額から汗が滲み、シャツが汗ばんでくる。私は木陰に入り、目に入る汗をハンカチで拭いながら小休止をした。次に私は、電話帳でこの地区に在住の佐伯という名字を探した。該当するものは2件しかなかった。もしかすると、この周辺に住んでいる訳ではないという思いが脳裏をかすめ、一瞬迷いが生じたが、それ以上に彼女に会いたいという衝動に後押しされ、直ぐに電話をかけることが出来た。
『もしもし、佐伯ですけど』
若い男性が電話にでた。
『もしもし、私は上城という者ですけど、佐伯結衣さんはご在宅でしょうか?』
『――――』
彼はしばらくの間、黙り込んでいた。でも、受話器の向こう側からヒソヒソ話をしているような声が聞こえていた。
『もしもし、聞こえていますか?』
『聞こえてるよ! 家にはゆっ、結衣なんて人間はいねえよ!』
『そんなはずないんですけど。結衣さん本人から、この番号を教えてもらったんですから』
『そっ、そんな訳ねえだろ! ねえちゃっ』『〝ねえちゃ〟とは何ですか?』
『ちげえよ! 俺はそんなこと言ってねえから!』
彼が言いかけた言葉は〝ねえちゃん〟。彼は彼女の弟だろう。そして、これが彼女の家の番号で間違いなさそうだ。彼に電話の応対をさせているところをみると、私とは話したくはないのだろう。
『お姉さんは、今何をされているんですか?』
『別に何も――じゃなくて、俺に姉ちゃんなんていねえから!』
『わかりました。それでは最後に伝言をお願いします。上城が会いたがっていたと、お姉さんに伝えて下さい』
『わかった。だっ、だから俺に姉ちゃんなんていっ――』
『では、よろしくお願いします』
彼の言葉を遮り、構わず電話を切った。彼との電話のやり取りから考えると、彼の傍には彼女がいたに違いない。話は出来なかったけど、彼女の家の電話番号がわかっただけでも大きな収穫だった。だからといって、付き合っているとはいえない曖昧すぎる関係の私が、彼女の家に突然押しかけるのは迷惑だろう。でも何もせずに、ただ時が過ぎるのを待つのはごめんだった。私は、いつもの公園に戻り彼女と連絡を取る手だてを考えていた。既に時刻は18時半を回り、辺りは薄暗くなっていた。しばらくの間、考えてはみたが良い案が何も浮かばなかった。
プルルルル――プルルルル――
電話が鳴ったので画面を見ると、見知らぬ番号からだった。
『もしもし――』
『――――』
電話の相手は何も言わず、ただ黙っていた。イタズラ電話、もしくは間違い電話だろうか?
『もしもし――何もないなら切りますよ』
『まっ、待って』
電話を切ろうと耳から受話器を離そうとした瞬間、女性の声が聞こえてきた。聞き覚えのある声だった。




