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彼女との距離

その日の午前中は、3人の患者さんのカウンセリングをした。1人目は26歳になるOLの斉藤麻美。彼女は仕事を終えてから、週2日程度の頻度で私のところにやって来る。彼女の病名はパニック障害。人混みなどの人が大勢集まるところ、閉鎖的な狭い空間などで動悸、息切れ、めまいなどの症状が現れる。彼女の治療は薬物治療をしながらカウンセリングを行い、症状が改善されるにつれて少しずつ薬を減らしていった。今では薬を服用することは殆んどなくなり、カウンセリングだけの治療を行っていた。彼女が、私のところに来るようになって2年近くが経っていた。今でも時々、人混みや車の中で症状が出ることがあるようだが、そんな時は深呼吸をして心を落ち着かせれば症状を抑えられるまでになっていた。当初は、パニック障害の症状の悪化に伴い〝予期不安〟や〝広場恐怖症〟に陥った時期もあったが、彼女自身がパニック障害と真剣に向き合い、治療を受けてきた結果、ここまで回復することが出来た。それでも心に不安が残る間は、カウンセリングを受けに来ると言っていた。




2人目は中学2年生の世良静香。彼女は小学生の頃から、他の人間には見えないものが見えたり、予言めいた気味の悪いことを学校で友達や先生に話していたため、母親にこの病院に連れて来られた。彼女に初めて会った時の印象は、至って普通の中学生だった。とても霊が見えたり、不気味なことを口走るようなオカルトめいた暗く陰湿的な女の子には見えなかった。でも、実際に話をしてみると母親から聞かされていた通りの個性的かつ不思議な世界観を持つ一風変わった少女であった。初めは心の不安や悲しみ、恐怖など極度の精神的なストレスが原因で現実逃避をしたり、幻覚や幻聴などの症状が現れているのかと思っていた。また、ありもしない妄想を抱き、誰も信じる訳がないようなことを周りの人間に躊躇なく話しているのもそれが原因だと考えていた。しかし、話を聞いているうちに妄想だけでは片付けられないようなことを口にしているのが明らかになっていった。彼女は、私や私の親兄弟にしかわからないような上城家の先祖代々伝えられてきた習わしや仕来たり、歴史について淡々と語っていた。彼女曰く、私の先祖の霊と直接話をして聞いたらしい。信じがたいが、確かに彼女には私たちには見えない、この世のものではない何かが見えていた。それを〝霊〟と断定していいのかわからないが、それ以外に考えられる言葉が浮かばなかった。信じていない訳ではないが、精神科医として非科学的なことを肯定し、彼女の言葉を全て鵜呑みしてしまうのは、いかがなものかとは思った。彼女が私のカウンセリングを受けに来るようになって1ヵ月が経とうとしていた頃、私は幻聴や幻覚という症状が出ている彼女に、大きな病院で脳の検査をするよう進めた。1つ間違えれば、見放されたと捉えられかねない私の言葉にも、彼女は嫌な顔ひとつせずに、検査を受けに行ってくれた。そしてその結果、彼女の脳にはどこにも異常がないと診断された。また、精神鑑定をしてみたが、特別に異常と思われるところは見られなかった。つまりこれらの結果は、彼女が医学的にも精神的にも正常であることを証明してくれた。だとするならば〝普通ではない〟〝他の人間とは違う〟という理由だけで病院に連れて来られた彼女は今までどんな気持ちで生きてきたのだろう?学校の友達や先生、更には親にまでも理解してもらえず、ずっと独りぼっちだったのだから、ツラく苦しかったに違いない。それなのに彼女は、私に一言も不平や不満を洩らしたことはなかった。もしそんな彼女に私がしてあげられることがあるとするならば、彼女の言葉に耳を傾け、理解を示してあげることだと思った。彼女と出会ってから2年半が経っていた。

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